「“拠り所”なき時代のエレクトロニクス業界を占う」をテーマとした今回のSCR大喜利。エレクトロニクス業界が技術や事業を考える上での暗黙の予定調和を図る“拠り所”としてのMooreの法則の意味について考えることを目的としている。今回の回答者は、服部コンサルティング インターナショナルの服部 毅氏である。
服部コンサルティング インターナショナル 代表
【質問1の回答】Intel社に代表されるマイクロプロセッサー業界
質問に答える前に、Mooreの法則は今後も当分の間機能すると信じていることを申し上げておきたい。何十年も前からちょっと微細化が難しくなるたびに弱音を吐く人々によって、Mooreの法則の終焉とか破たんとか言われてきた。45nmあるいは28nm以降は性能が上がらずコストも下がらないため、やる意味がないと強く主張した経営者や大学教授もいる1)。しかし、結局そういうネガティブな見方をする人たちやそういう人々が経営・指導するビジネスが消え去っていっただけである。Mooreの法則は50周年を迎えていまだ健在であり、これからも当分健在であろう。
微細化・集積化の困難さは増す一方だ。それでも、Intel社は率先して新材料・新構造を大胆に導入して乗り越えてきた。同社は90nmから歪Si, 45nmからHigh-kメタルゲート, 22nmからFinFET構造を採用し、その2世代目の14nm品の量産も始まろうとしている。これによって、性能は大幅に向上し、微細化によりトランジスタ当たりのコストも低減した(と同社は強く主張している)。やがて、基板上に形成するトランジスタのチャネル領域に、GeやIII-V属半導体が採用され、気がついてみたら伝統的なMOSトランジスタの構成材料がことごとく変わっていたということになる。
7/5nmまでは技術的なメドがたっているとIntel社もIMECも言っている。真偽はともかく、その気迫に敬意を表したい。
去る2月4日にSemicon Korea基調講演でSamsung Electronics社の半導体研究開発センター長のES Jung氏が「Samsung社は今後30年に渡り半導体ビジネスを繁栄させるために、オープンコラボレーションを徹底させ、世界中の半導体装置メーカー、材料メーカー、大学、研究機関、コンソーシアムと協業することにより、半導体技術の限界を突破する!」と宣言した2)。Mooreの法則の終焉が話題になるほど落ち込む日本との格差を感ぜざるをえない。
確かに、“Atoms cannot scale(原子はそれ以上縮小できない)”とIBM社の関係者が言うように、いずれ物理的限界はくるだろう。でも、そんな先のことは現段階ではだれにも分からない。分子や原子にメモリー効果やトランジスタ効果を持たせようと破壊的研究をしている人たちもいる。
Mooreの法則は微細化に関する法則ではなく、集積化に関する法則である。だから、平面的な微細化が無理になったら、3次元に積み上げればMooreの法則は終焉せず、さらに延命するだろう。このため、3次元化のコストダウンは必須である3)。今のままだと、物理的限界の前に経済的なコスト上の限界が先にくる可能性が高いだろう。
さて長々と前置きしたうえで、質問1に答えよう。Mooreの法則が機能しなくなって一番困るのはマイクロプロセッサーに代表されるロジック業界、その中でも、とりわけIntel社だろう。同社は、社運をかけて創業者が提唱したMooreの法則を死守してきたし、マイクロプロセッサーの高性能化の源泉としてきた。ある時期までは、クロック周波数向上の指標にもしてきたが、それが壁に突き当たると。こんどはマルチコアの演算性能向上に切り替えて、Mooreの法則を発展させている。Intel社にとって、Mooreの法則こそ、企業繁栄の頼みの綱である。