航空機やゴルフクラブなどに使われている炭素繊維強化樹脂(CFRP)としては現在、炭素繊維を熱硬化性のエポキシ樹脂で固めた熱硬化性CFRPが主流ですが、これをポリアミド(PA)やポリプロピレン(PP)などの熱可塑性樹脂に変えた熱可塑性CFRPもあります。主に自動車分野での検討が進み始めました。

 熱可塑性樹脂は樹脂価格が安い上に生産性が高いという特徴があります。熱硬化性CFRPの代表的な成形法の1つであるRTM(Resin Transfer Molding)法の場合、タクトタイムは短くても数分かかります。一方、熱可塑性CFRPのシート材の場合は、予熱しておけば1分程度のタクトタイムでプレス成形ができます。自動車の組立工場のタクトタイムが約1分なので、熱可塑性CFRPなら同期して生産することが可能です。

 熱可塑性CFRPの成形に使う大型プレス機や射出成形機はRTM法の成形機に比べて高額ですが、生産性が高いために量産規模が大きければ大きいほど、コスト面で優位になります。つまり、熱可塑性CFRPはスーパーカーなど一部の高級車向けではなく、大量生産するクルマを想定した技術です。ただし、課題もあり、寸法精度を高めることが難しいとされています。

 熱可塑性CFRPのクルマの構造部品への適用は、トヨタ自動車が2014年12月に発売した燃料電池車「MIRAI」が先陣を切りました(関連記事)。燃料電池スタックを保護するスタックフレームに採用されています。熱可塑性CFRPはトヨタ自動車と東レが共同開発し、熱可塑性樹脂としてはPA系樹脂を使います。

 燃料電池車は燃料である水素の供給インフラがまだ整備されていないため、MIRAIの生産は小規模なものです。以前取材した東レの幹部は「熱可塑性CFRPは、幾つかのステップを経ながら徐々に普及していく」とみていました。

 圧倒的に強気なのが帝人です。同社は、米General Motors社と共同で、GM社の量産車向け熱可塑性CFRP部品を開発しています。既に「量産に向けて最終段階を迎えている」(帝人炭素繊維・複合材料事業本部長で東邦テナックス社長の吉野隆氏)とのこと。帝人は「同技術が年間数万台レベルの量産車に使われることを目指す」としています。

 一方、三菱レイヨンは熱可塑性CFRPの自動車分野での活用は、2020年まではほとんど見込めないとみています。2015年1月7日に同社と三菱樹脂は、炭素繊維・複合材料事業を統合し、三菱レイヨンが、三菱樹脂の同事業を継承することを明らかにしました(関連記事)。その際、2020年までの見通しとして、CFRP全体では自動車分野で高い成長が見込めるが、熱可塑性CFRPに限ると、採用までの検討に時間がかかるので2020年の時点では大きな需要増には至らないと説明しています。炭素繊維の3大メーカーである東レ、帝人、三菱レイヨンは、熱可塑性CFRPの普及に関して、微妙に見方が異なっています。熱可塑性CFRPがどんな普及の道筋をたどるのか、これからも注目していきたいと思います。