最近、にわかに非ノイマン型コンピューティングの話題が増えてきた。
 
 Microsoft社やBaidu社などが検索エンジンの能力強化を狙って、ユーザーがハードウエアを自由に構成できるFPGAを処理エンジンに使ったシステムを開発し、利用するようになった。組み込みの分野でも、車載機器では先進運転支援システム(ADAS)などへ、産業機器ではモーター制御などに向けて、これまでマイコンを使っていた部分をFPGAに代えたシステムが登場してきた。さらに、これまでのSCR大喜利のテーマでも話題に上がってきたように、IBM社はビッグデータ時代を支えるコグニティブコンピューティングの中核を占めるデバイスとして、非ノイマン型の半導体チップ「SyNAPSEチップ」を開発している。

 現在のICTシステムの多くは、ノイマン型コンピューターをベースに作られている。そして、数多くのエンジニアやプログラマーが、ある時はシステム開発者の立場から、ある時はシステムユーザーの立場から、当たり前のようにノイマン型コンピューターと向き合って仕事をしている。今にわかに台頭してきた非ノイマン型コンピューターの行方には、仕事の大前提が変わる可能性があるため、無関心ではいられない。

 2015年最初のSCR大喜利では、「突然訪れた非ノイマン型コンピューターの時代」と題し、こうした一連の動きから想像される半導体業界の変化とその方向性について考えることを目的とした。今回の回答者は、服部コンサルティング インターナショナルの服部 毅氏である。

服部毅(はっとり たけし)
服部コンサルティング インターナショナル 代表
服部毅(はっとり たけし) 大手電機メーカーに30年余り勤務し、半導体部門で基礎研究、デバイス・プロセス開発から量産ラインの歩留まり向上まで広範な業務を担当。この間、本社経営/研究企画業務、米国スタンフォード大学集積回路研究所客員研究員等も経験。2007年に技術・経営コンサルタント、国際技術ジャーナリストとして独立し現在に至る。The Electrochemical Society (ECS)フェロー・理事。半導体専門誌にグローバルな見地から半導体業界展望コラムを7年間にわたり連載中。近著に「半導体MEMSのための超臨界流体(コロナ社)」「メガトレンド半導体2014ー2023(日経BP社)」がある(共に共著)。

【質問1】現状のノイマン型の応用システムの多くは、今後次々と非ノイマン型に代わっていくのか。それとも応用は特定分野に限定されるのか?
【回答】FPGA:特定分野での利用から、開発環境が整うにつれ、広範な産業分野に広がる。脳型や量子コンピューター:ノイマン型が最も不得意な分野向けに開発されているのでノイマン型とは共存。

【質問2】非ノイマン型コンピューティングの発展の恩恵を受けるのは、どのような分野・業種の企業、どのような分野・職種のエンジニアか?
【回答】 FPGA:FPGAベンダー、データセンター、IT企業、金融機関、リアルタイムオークション業者。いずれは大量データを扱い、遅延時間の短縮を必要とする広範な産業分野。脳型および量子コンピューター:人工知能を必要とする広範な分野。だが、具体的な未来像は、今は誰にも分からない。

【質問3】非ノイマン型コンピューティングの発展で不利益を受けるのは、どのような分野・業種の企業、どのような分野・職種のエンジニアか?
【回答】ノイマン型と非ノイマン型のシナジー効果で誰も不利益は受けないだろう。

【質問1の回答】FPGA:特定分野での利用から、開発環境が整うにつれ、広範な産業分野に広がる。脳型や量子コンピューター:ノイマン型が最も不得意な分野向けに開発されているのでノイマン型とは共存。

 非ノイマン型コンピューティングは、なじみ深いノイマン方式(記憶装置に格納されたデータを順に読み込んで逐次処理していく、いわゆるプログラム内蔵方式)以外のあらゆるコンピューティングの総称であり、幅が広い。多数のノイマン型マイクロプロセッサーを並べて、並列計算する方式も逐次処理ではないという意味では非ノイマン型と言うこともできる。しかし、今回の議論の対象とはしない。

 非ノイマン型は十把ひとからげには語れない。このため、大喜利前文でも述べられている、以下の代表的な2つを採り上げて議論する。(1)FPGAのように、ハードワイヤード方式で並列計算を行うデータフロー・プロセッサー、(2)脳神経回路をモデルとした脳型コンピューター、さらには量子力学の基礎原理に基づいて超並列計算をおこなう量子コンピューター。

 (1)FPGA(ハードワイヤード方式):最近の大喜利のテーマであるデータセンター向け半導体で詳述したFPGAをコンピューティングデバイスとして用いる方式である1)

 ノイマン型マイクロプロセッサーの動作周波数が頭打ちになり、大量のデータを扱う処理では、性能向上や電力効率向上の面でネックを抱えるようになった。これに対して、FPGAは最先端の半導体微細化技術を真っ先に採用して、回路規模(ロジックエレメント数)や浮動小数点演算性能を向上させ続けている。大量データの高速処理と低消費電力化を同時に狙う分野(その代表は先端データセンター向け)ではマイクロプロセッサーに替えてFPGAが用いられるようになってきている。

 FPGAを使って並列パイプラインを組めるハードワイヤード方式は、実は初期のノイマン型が登場した70年も前の方式であり、計算機のアーキテクチャの原点に戻ったわけだ。当時は配線を人手で接続したりスイッチを開閉したりしていたが、いまや、ひとつの微小な半導体チップ内で電子的に構成を変えられるようになった。このため、マイクロプロセッサーの動作周波数の向上が望めない限り、また大幅な低消費電力化が望めない限り、今後、多くの産業分野でマイクロプロセッサーからFPGAへの置き換えが進むと思われる。

 ハードウエア技術者向けのFPGAをソフトウエア技術者がコンピューティングデバイスとして使うには、開発環境の面でハードルが高い。当面は、性能向上・電力低減指向の特定産業用に限られるだろう。しかし、ソフト技術者がなじみやすいOpen CL(コンピューター言語)環境が整備されれば、多くの分野へ普及する可能性が高い1)

 (2)脳型コンピュ―ティング:前回のIBM社の半導体事業譲渡をテーマとする大喜利ですでに言及した2)。ノイマン型が不得意とする右脳型処理(直感、パターン認識、連想記憶など)を対象として、人間らしく思考し対話する人工知能を持ったコンピューターを目指している。ノイマン型を置き換えるものではなく、いわば左脳型処理のノイマン型コンピューティングと相補関係にある。

 量子コンピューター:非ノイマン型が最も不得意とする、組み合わせ最適化問題対応マシンなので、ノイマン型を置き換えるわけではない。ノイマン型で計算すると天文学的な時間を要する、事実上計算不可能な問題を短時間で解くのが目的で、脳型コンピューター同様にノイマン型とは共存する。