承前

 2002年6月にダイヤモンド社から『トヨタ経営システムの研究 永続的成長の原理』を出版し、世間の評価を得たので、次のシナリオの「米国で出版する」に向けて、同社に米国の出版先を探すようにお願いしたが、なかなか受け入れ先がなかった。その間、韓国のKia Motors社(以下、起亜自動車)出身のコンサルティング会社社長が日本の書店で私の本を見付けて、韓国で仕事をしないかと誘ってきた。

 劣悪な品質の韓国製品を幾つか使って懲りていた私は、韓国は遅れた国だと思っていて無関心だったが、特に仕事もなく暇だったので、2002年夏に初めて韓国に出向いた。広島空港から韓国の仁川(インチョン)国際空港までは、羽田空港(東京国際空港)までとほぼ同じ時間で行けたので、「近くて遠い国」とはこのことだと思った。

 仁川国際空港はとても立派だった。しかし、ソウル市に向かうリムジンバスに乗ったら、私がまだシートに座っていないのにバスが急発進したのでこけそうになり、日本の穏やかに走るバスしか知らなかった私は驚いた。街中に入ると近代的なビルが立ち並び、ピカピカのスタイリッシュな自動車がたくさん走っていたので、韓国は先進国だったのかと思った。

 とはいえ、街中ではあちこちのクルマがクラクションをたくさん鳴らすのでやかましかった。交差点の信号が赤から青に変わりコンサルティング会社社長のクルマが走り出したら、交差点の右側からおんぼろの市内バスがクラクションをけたたましく鳴らして突っ込んできたので、クルマが急ブレーキをかけた。横町から出てきたクルマが歩行者に衝突して歩行者をボンネットに跳ね上げても、運転手は降りてこないし、歩行者も何事もなかったようにスタスタ歩き出した。アメリカンサイズの片側3車線の高速道路は両側にさらに1車線分のスペースを取っていたが、そのスペースには降雪・結氷などの悪天候時にクルマがズラリと並んでいたので、エンストするクルマのためにあることが分かった。表通りから裏に1歩入ったら、古い韓国風の家が並んでいた。

 その後、2010年に韓国に出向いた時、クラクションを鳴らすクルマがほとんど見当たらず、バスもおとなしく走っていた。現地の人に聞いたら、東京に行った韓国人がテレビで、「東京ではクラクションを鳴らすクルマがいない」と証言し、「それが先進国の証しだ」と広まったとのことだった。