――「お前の意見は聞いていない」と言ってしまうような上司(第2回参照)だったらそれも仕方ないですが、部下のアイデアに耳を傾けようという上司もたくさんいると思います。斬新なアイデアを待っているのに、いざ出てくるとなぜか否定から入ってしまう。そこが不思議なところです。

田子學氏
たご・まなぶ●エムテド代表取締役/アートディレクター、デザイナー。東芝デザインセンター、リアル・フリート(現・amadana)を経て、エムテドを起業。幅広い産業分野のデザインマネジメントに従事。「デザインを社会システムにする」をモットーに、総合的戦略によってコンセプトメークからブランドの確立までを視野に入れてデザインしている。GOOD DESIGN AWARD、Red Dot Design Award、iF Product Design Award、International Design Excellence Awardsなど世界のデザイン賞受賞作品多数。慶応義塾大学大学院特任教授。(写真:栗原克己)

田子學:それは、組織が大きくなればなるほど、「事業性」の問題が付きまとうからです。例えば、僕らが関わっている企業のエンジニアは面白い人ばかりで、良い意味での“変態”が日本にはまだまだいるなと感じています。それが表になかなか出てこない原因は、事業性という“縛り”を受けていることなのです。

 どの企業にも、事業化を検討するに当たって、目安となる売り上げや利益の額があると思います。その比較対象はどうしても既存事業になるので、将来性が読みにくい新規事業にとっては非常に高いハードルになります。「会社の事業としてやりたければ、1000億円の売り上げが必要だ」という上司の一言が恐怖を生み、アイデアを口にできなくなるのです。アイデアが出てこない、あるいはアイデアが否定される問題の原因はここにあります。

橋口:事業化のことを考えなくてもいい段階では、アイデアは出てくるのです。しかし、優れたアイデアが出てきて事業化しようとなって、事業計画を作成し、「これだけの価値があるからやりましょう」と提案しても、「本当にそんなに売れるのか?」と聞かれてしまうと、誰もその数字に責任を持てないのです。それまでやったことがないのだから、責任を持てないのは当たり前なのですが。

 新規事業について「既存事業と同じ基準で評価して、高い収益性が見込める場合だけ事業化を認める」という論理でいくと、既存事業と近い分野で、確実性の高いアイデアしか事業化できなくなります。それだと、大失敗はしないかもしれませんが、大成功も期待できない。確実性は低いかもしれないが、大化けする可能性を秘めたアイデアは、自然と消えていきます。結局、日本の会社はそうやって、とんがっていたアイデアをどんどんつまらなくしていったのです。