前回は、IoTの時代に日本の企業が狙うべきは「センシングビッグデータ」であり、その関連ビジネスが発展するには、社会のあらゆるところに存在するセンサーのデータを活用できること、すなわちセンシングデータの流通市場が必要という話をしました。

 とはいえ、いきなりセンシングデータを流通させましょうといっても、そう簡単には実現しません。まずは、センサーや通信の技術的な課題や商品開発など「ものづくりの課題」や、利益の分配など「ビジネスモデルの課題」、企業が「データを扱うルールの課題」、そしてパーソナルデータに関する「消費者の“心情”という課題」などを一つひとつ解決し、センシングデータビジネスの環境を整えることが大切です。

 そこで今回からは、センシングデータビジネスの実現に向けて、有識者の意見を交えながら課題を整理し、解決の方向性を示します。最初のテーマは、「ものづくりの課題」です。スマートフォンやウエアラブル端末などに搭載されているMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)センサーを長年研究してきた、兵庫県立大学大学院工学研究科電気系工学専攻教授の前中一介氏に話を伺います。

兵庫県立大学大学院工学研究科電気系工学専攻教授の前中一介氏
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 さて、日本のセンサーの競争力は高いと見るか、低いとみるか。専門家によっても大きく意見が分かれます。その原因は、日本はセンサー技術の総合的な競争力は高く、日本電子情報技術産業協会(JEITA)によれば、センサー全体の市場における日系センサーメーカーの世界シェアは2011年の時点で54%(数量ベース)もあるにもかかわらず、急速な勢いで成長しているコンシューマー機器向けMEMSセンサーのシェアがほとんど取れていないからです。

 日本が特に強いのは、メーカーの要求に忠実に専用のセンサーを作るBtoBの分野です。産業機械やものづくり現場などの高い信頼性が求められる用途では、誤差が小さく、壊れにくい日本のセンサーが重宝されてきました。

 ところが、最近のセンサー市場の急成長を支えているのは、BtoCの分野です。その主な用途であるスマートフォンやウエアラブル端末などには、汎用品のMEMSセンサーが使われています。このMEMSセンサーの市場で、日本は存在感を示せていません。例えば、スマートフォンに使われているMEMSセンサーのうち、日系センサーメーカーが高いシェアを持っているのは地磁気センサーだけ。加速度センサーやジャイロセンサー(角速度センサー)では、欧米メーカーが市場を独占しています。

 MEMSセンサーは半導体製造技術由来の製品であり、その現状は日本の半導体産業の歴史と深く関わっています。その経緯を長年にわたり間近で見てきた前中氏の指摘や提言は、あらゆるセンサーやセンシングデータビジネスに携わる人にとって大いに役立つはずです。なぜ高度なセンサー技術を持つ日本が、MEMSセンサーでは弱いのか、そしてセンサーメーカーは今後どう戦っていくべきなのか、前中氏に聞きました。