何かを探したり研究したりするときに、別の価値あるものを発見してそれが成功につながることがある。このように偶然の出来事から価値あるものを発見する能力のことを「セレンディピティー」と呼ぶ。自然科学において、こうしたセレンディピティーの例は数多く知られており、ペニシリンを発見したアレクサンダー・フレミングや、生体の高分子質量分析を可能にしたソフトレーザー脱離イオン化法を開発した田中耕一氏などの例がある。

 「日経ものづくり」( 2014年12月号 FOCUS pp.27-28)では、岐阜大学を中心とする研究グループが開発した機能性繊維「ナノ多孔ファイバー」を紹介したが、これも元々は偶然の発見からできたものだ。

 同研究グループは「クレージング」と呼ばれる方法で、繊維にナノメートル(nm)サイズの微細な孔が無数に開いた多孔構造を設けている。この孔の中に薬剤を保持することで、繊維にさまざまな機能を持たせられるのだ。樹脂にクレージングを施すと、幅が400n~800nmの細かいひび割れ(クレーズ)ができる。このクレーズの中は、樹脂の繊維束が絡み合った状態になっており、そのすき間が孔となるのだ。このクレーズに着目し、20年以上研究を続けてきたのが、岐阜大学工学部准教授の武野明義氏。同氏がこの研究を始めたきっかけは、偶然の発見からだったそうだ。

 当時、武野氏は「インテリジェント・マテリアル」と呼ばれる材料の研究を行っていた。インテリジェント・マテリアルは、外部刺激に応答して材料が自己修復機能や自己制御機能といった機能を発現する材料のことである。例えば、材料に未反応のモノマーなどを含ませておいて、外部刺激によって重合反応が起こる仕組みをつくってやれば、柔軟性や硬度が変化する材料をつくることができる。同氏はこの材料を使い、車などがぶつかったときに強度が硬くなり、ユーザーの体を守る衣類などを開発できないかと考えていたそうだ。

 高分子材料を研究していたある日、研究に使用していた透明な材料の一部が光っていることに気づいた。この現象を調べたところ、材料が傷ついた箇所にクレーズが発生し、その部分が光を散乱していたのだという。この発見が、後のクレーズ研究につながったそうだ。そのとき用いていた高分子フィルム(PVDF(ポリフッ化ビニリデン))が、たまたまクレージングに適した条件を備えていたために起こり得た現象だった。同じPVDFフィルムでも、製造会社や製造条件が変われば、クレーズの出来やすさが変わってしまうという。

 この発見からクレーズの研究が始まり、その光学特性や構造を活かしたさまざまな機能性材料の開発につながった。例えば、携帯電話機のディスプレーに貼る覗き見防止フィルムや、薬剤を保持して機能を持たせられる包装材、マイクロバブル発生器、そして今回のナノ多孔ファイバーなどである。