承前

 1997年、米Ford Motor社(以下、フォード)からの提案(指示)で、フォードとマツダが持っていた技術標準を整合する活動が始まった。フォードの目的は、自動車の設計・開発に関する双方の仕事のやり方を統合化し、設計・開発から製造にかけてシナジー効果を得ることだったようだ。

 フォードからは全社の標準化を統括していた部長クラスのジム・ギャラス氏がチャンピオンに、マツダからはISO 9001認証取得で実績を上げた私がチャンピオンになった。整合化の単位は、フォードの提案で「設計業務標準」「設計技術標準」「試験標準」「要素標準」の4つとし、社内から関連するメンバーを集めてチームを編成した。そして、互いにチームメンバーを率いて定期的にテレビ会議を実施したり双方の会社を訪問したりして、技術標準を整合化する活動を進めていった。ちなみに、太平洋横断の際には、ギャラス氏はファーストクラスで、私は部長格だったがエコノミークラスで移動した。ダブルブッキングで初めてビジネスクラスに搭乗したとき、その快適さに驚いた。ファーストクラスは想像もできなかった。

セントクレア湖の舟遊びを満喫

 ミシガン州ディアボーンにあるフォード本社に初めて足を踏み入れたときの感動は忘れ得ない。「これが、自動車王のヘンリー・フォードI世が創設した会社か」と、しばし立ち尽くした。初日の昼は本社のレストランで華やかなランチが用意され、夜はホテルでフォーマルなディナーパーティーに招待された。私はそういう世界とは縁遠かったので、ワインの試飲時に何をしゃべるべきかも知らず、マナーでどぎまぎすることが多かった。

 このときフォードで我々を出迎えた人々は、株式の買収に伴ってマツダにやってきたフォードの幹部と違ってとてもフランクであり、マツダのメンバーを萎縮させないようにという配慮がうかがえた。後で知ったのだが、彼らは「日本人(マツダ社員)との付き合い方」というマニュアルを持っており、50ぐらいの事例を挙げながら「自分たちと慣習が異なる日本人とは短気を起こさず辛抱強く付き合え」と書いてあった。

 出張中に土・日曜日を挟むときは、彼らは我々を個人的な遊びに連れ出してくれた。彼らの遊びは、デトロイト近くのセントクレア湖での舟遊びであり、スーパーバイザーでも豪華なヨットやプレジャーボートを持っていたり、軍から譲り受けた潜水艦を改造したりしていた。潜水艦を持っていたドクターは、「ワイフから『あなたは乗ってもいいけどウチの犬は乗せないで』と言われている」と言った(フォードにはドクターが多かった)。潜水艦に乗るのは丁重にお断りしたが、ヨットやボート遊びは満喫した。

セントクレア湖でのヨット遊び
スーパーバイザー(船上の後列右から3番目の白い顎ひげをたくわえた男性)が保有しているヨットで、フォードとマツダの材料規格メンバーがセントクレア湖を周航したときの写真。左端の黒人男性は、日本なら次長クラスのジャマイカ出身のドクター(会社では個室保有)。船上の前列右端のジーンズを着用している男性は、欧州フォードから参加したメンバー。女性は、日系人の通訳。船外にいるのが筆者。この後、ヨットハーバーでバーベキューパーティーを開いた。彼らのバーベキューを見たら、我々がバーベキューと呼んでいるものは“焼肉”でしかなかった。「Lincoln」を自家用に持つジャマイカ出身のドクターの自然あふれる大邸宅にバーベキューパーティーに招待された時、同じくジャマイカ出身の奥さんのいとこも来ていて、中近東のどこかの王様の第2夫人だと紹介され、どこかにタイムスリップしたようで面食らった。
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