パワー半導体の分野で、SiCやGaNなど化合物半導体系の材料を使った製品開発が活発化してきた。今回のSCR大喜利では、「パワー半導体の技術マップを探る」と題し、デバイスの材料を軸としてパワー半導体事業の先行きを見通していただいている。今回の回答者は服部コンサルティング インターナショナルの服部毅氏である。

服部毅(はっとり たけし)
服部コンサルティング インターナショナル 代表
服部毅(はっとり たけし) 大手電機メーカーに30年余り勤務し、半導体部門で基礎研究、デバイス・プロセス開発から量産ラインの歩留まり向上まで広範な業務を担当。この間、本社経営/研究企画業務、米国スタンフォード大学集積回路研究所客員研究員等も経験。2007年に技術・経営コンサルタント、国際技術ジャーナリストとして独立し現在に至る。The Electrochemical Society (ECS)フェロー・理事。半導体専門誌にグローバルな見地から半導体業界展望コラムを7年間にわたり連載中。近著に「半導体MEMSのための超臨界流体(コロナ社)」「メガトレンド半導体2014ー2023(日経BP社)」がある(共に共著)。

【質問1】パワー半導体でSi系、SiC系、GaN系の棲み分けの構図は、将来も続くのか?
【回答】当分は続く

【質問2】複数材料系のデバイスを同時開発するメーカーについて、事業のシナジー効果が望めると考えるか、それとも戦力分散を招く可能性が高いと考えるか?
【回答】ワンストップ・サービスやリスク分散の見地から戦力分散はやむを得ない。システム設計ではシナジー効果が期待できるだろう

【質問3】材料系を絞って技術開発を進めるメーカーは、継続的に事業を営むために市場の開拓・維持をどのように進めるべきか?
【回答】それぞれの材料の利点を最大限に発揮させることに注力する

【質問1の回答】当分は続く

 Siパワー・デバイスは、性能向上の限界に近付きつつある。このため、SiCおよびGaNが次世代パワー半導体材料として注目されている。SiCおよびGaNの絶縁破壊耐圧は、Siの約10倍も高いので、高耐圧が実現できる。キャリア濃度を高くして低オン抵抗を実現できるため、電力損失を大幅に低減でき、省エネルギー化に大きく貢献する。また、バンドギャップが広いため、高温動作が可能であり、冷却系を簡略化してシステムの小型軽量化を図ることができる。高電界でのキャリア伝導性を支配するSiCの飽和速度はSiの約2倍、GaNは同約2.5倍であり、これらの材料を用いるとスイッチング動作が速くなり、高い高周波での動作が可能となる。

 このため、SiCユニポーラ・デバイスは, 現在主流のSi-IGBTをさらに大電力容量化、高耐圧化、高速化する分野への適用が一部で始まっている。おもにエアコンなどの白物家電、電車、産業機器向けである。自動車、再生可能エネルギー、電力基幹系統などへの適用検討も始まっている。今後、SiCの結晶性が向上すれば、Siサイリスタをさらに大容量化したデバイスが実現可能となろう。高耐熱性の点でもSiよりはるかに有利である。ただし、Siデバイスよりははるかに高コストであり、これが普及の著しい妨げになっている。

 GaNを用いたパワー・デバイスは、いまのところSi基板上へのヘテロエピタキシャル成長を使用して製作される。Si基板を用いているため大口径化が可能で、SiCより低コスト化が可能だが、 結晶欠陥が多く高耐圧・高容量の縦型デバイスに向かない。このため、低~中耐圧分野でパワーMOS FETをさらに高速化する分野での利用が検討されている。主に情報・通信・民生向けである。例えば、パソコンやサーバーの電源の高効率化、小型化を実現できる。

 材料物性面からは、SiCよりもGaNのほうがパワー・デバイスに適しているが、結晶性やデバイスの電気特性面で課題を抱えており、まだその潜在能力を十分に引き出すに至っていない。最近は、GaN製品の耐圧も600Vに向上し、さらに耐圧倍増に向けた開発も進んでいる。このため、SiCとGaNの耐圧による棲み分けも高耐圧側へシフトしつつある。将来 結晶欠陥の少ないGaN-on-GaN 基板が得られるようになれば、SiCがターゲットとしている超高容量・高耐圧分野へ侵攻することもできよう。そうなれば、現在考えられている棲み分けは大きく変化するだろう。ただし、可能だとしてもだいぶ先の話だろう。

 SiCやGaNがホットトピックスとして取り上げられてはいるが、期待だけが先行し、まだ市場が立ち上がるまでには至っていない。完璧に近い結晶性のSi基板を用い、シリコン集積プロセス技術を転用でき、究極に近い状態まで洗練されているSiパワー・デバイスに対し、SiC/GaNパワー・デバイスの基板やプロセスは未成熟で、量産化に至るまでにはさまざまな課題を解決しなければならない。結晶性向上次第で、棲み分けも変化しようが、結晶性は一朝一夕で改善できるようなものではないし、Siも進歩が止まったわけではない。低コストのSi主流の時代は今後も当分続く。