「植物工場で水素を製造できる日が来るかもしれない」。こう語るのは、大阪府立大学植物工場研究センター長の安保正一氏だ。野菜を生産する植物工場で、なぜ水素を製造できるのか。

 話の舞台は、2014年9月19日にオープンした大阪府立大学グリーンクロックス新世代植物工場(関連記事)。開所式に先立ち、工場内部の様子を報道関係者に向けて公開した際、安保氏は同行した記者に「植物工場を水素製造に活用する」というアイデアを語った。その鍵となる技術が、光触媒なのだという。

 もともと安保氏は、長年にわたって光化学の研究に携わっており、同氏が教授を務めた同大学院工学研究科の物理化学研究グループは、今も光触媒を精力的に研究している。その研究内容の1つに、可視光応答型の光触媒を使った水素の生成がある。太陽光や照明光といった可視光で活性を帯びる酸化チタン(TiO2)光触媒を使って水を分解し、水素と酸素を得るというものだ。

 しかし、なぜ光触媒を植物工場内に設置して水分解するのだろうか。筆者は初め植物工場内の照明を利用するのだと考えた。しかし、「わざわざ電気エネルギーを使わずに、屋外の太陽光を利用した方が良いのでは?」と疑問に思うようになった。この疑問に対し、同氏は次のように種明かしをした。それは、「バイオマス資源を使うことで光触媒の反応効率を高める」というものだ。

 バイオマス資源とは、生物由来の再生可能な有機性資源のことだ。一般には、サトウキビやトウモロコシの糖からエタノールを製造したり、燃料として発電に使ったりする利用法が知られている。同氏によれば、水にバイオマス資源を混ぜて光触媒と反応させると、水分解の反応効率が1桁以上も向上するそうだ。植物工場では、生育途中に間引いた苗や、出荷する際に切り取った根など、毎日大量のバイオマス資源が廃棄されている。これらの資源を有効活用しようというのである。

 この反応では水素(H2)と同時に二酸化炭素(CO2)が生じるという課題があったが、植物工場内で野菜の光合成にCO2を利用すれば解決できる。つまり、植物工場で炭素(C)を循環させて野菜を生産すると同時に、水素も効率良く製造しようというアイデアなのだ。

 バイオマス資源を利用した水素の生成はその多くがまだ研究段階で、植物工場に適用する話も構想の域を出ていないのが実状だ。コスト面や生成量の面などで、まだまだ解決すべき多くの課題がある。しかし、将来的にこれらの課題が解決されていけば、植物工場が水素ステーションとしての役割も果たし、その水素を使って燃料電池車を走らせるという生活も夢ではないのかもしれない。