立体構造を持つ軟骨組織を培養してつくり出す

 日本初となる保険適用でのひざ軟骨の再生手術を受けたのは、広島市に住む34歳の会社員の女性Tさんだ。

 『アタックNO1』『サインはV!』といえば、かつて少女たちの間にバレーボールブームを巻き起こした二大少女マンガだ。ともにテレビアニメ化されて人気を呼んだ。Tさんも影響を受けて小学生のときからバレーボールに打ち込み、以来20年余も続けてきた。バレーボールはスパイクやブロックでジャンプを繰り返し、レシーブでは中腰姿勢を保ちながら瞬間的にボールに飛びつくなど、ひざに激しい負担がかかる。その影響がTさんにも出て、5年ほど前から右ひざに痛みを感じるようになる。やがて自宅の階段の上り降りもむずかしくなり、一昨年には歩行にも支障をきたすようになった。近くの病院で検査を受けると、「軟骨損傷」と診断された。

 軟骨は、ひざなどの関節内の骨と骨との間にあり、骨同士がぶつかるのを防ぐクッションの役割を果たしている。非常に滑らかで、一定の弾力性を持っている。このため、関節はスムーズに動くことができ、体重がかかっても衝撃を吸収することができる。

 ところが、軟骨組織は一度損傷したり欠損したりすると、自己修復がきわめて困難となる。軟骨には血液も神経も通っておらず、傷を治すために有効な細胞が少ないからだ。損傷が数ミリ単位の小さな範囲にとどまっていれば、影響の少ない場所の骨と軟骨を小さく切り取り、軟骨が欠けた部分にはめ込むという方法がある。しかしスポーツ外傷や交通事故外傷などでは、軟骨の損傷範囲が2平方センチメートル以上にわたって欠損している場合が多い。そうなると、有効な治療法はなかった。

 なんとか有効な治療法を生み出そうと、世界中の研究者たちが力を注いできた。

 スウェーデンの研究者が1994年、患者の軟骨細胞を取り出し、体外で培養し、損傷した部分に、パッチワークの継ぎ当てのように骨膜を当てて蓋をして縫いつけ、培養した軟骨細胞を浮遊液で注入する方法を開発した。自家培養軟骨細胞を用いての治療法であったが、この方法には欠陥があった。細胞が定着するまでに患者が動いてしまうと、縫い目から細胞が漏れ出してしまうのだ。

 越智さんが新たに開発したのは、スウェーデン方式の欠陥を克服する三次元培養による細胞移植の方法である。「軟骨細胞を培養するだけでなく、欠損部分にそのままはめ込むことができるような立体構造を持つ軟骨組織に培養し、これを損傷部位の形に合わせて切り出し、患者の軟骨に移植すればいいのではないか、と誰でも考えます。ゼリー状のゲルやスポンジなどの支持体のなかで細胞を培養し、立体的な組織をつくり出す培養方法は三次元培養と呼ばれるのですが、人間の患者に施す医療技術とするには、立体構造を支える材質の安全性を十分に確保しておかなければなりません。はたしてそうした支持体を見つけ出すことができるかどうかが、この技術が実用化できるか否かのカギでした」

「軟骨細胞を培養するだけでなく、欠損部分にそのままはめ込むことができるような立体構造を持つ軟骨組織に培養し、これを損傷部位の形に合わせて切り出し、患者の軟骨に移植すればいいのではないか、と考えたのです」と語る越智教授。(撮影:プロテック 森田 靖)
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