日本整形外科学会の学術総会で講演する、広島カープの元選手、ゲイル・ホプキンスさん。「カープ初V戦士から整形外科医に ホプキンス氏が広島で講演」とのタイトルで、共同通信社が全国に配信した写真。(写真提供:共同通信社)

 ファンを驚かせたのは、それだけではない。彼は、始球式のためだけに広島に来たわけではない。整形外科医として、学術総会に出席し、講演するのが主目的であった。「カープ初V戦士から整形外科医に ホプキンス氏が広島で講演」との見出しで、共同通信は全国に配信した。越智さんは「医師・ホプキンスの凱旋」と題して、月刊『文藝春秋』(2013年9月号)にエッセイをつづった。冒頭の文はその一節だ。

 学術総会における講演のなかでドクター・ホプキンスは、広島カープ時代から広島大学医学部の藤田尚男・解剖学教授の研究室に通い、組織学を学んでいたことを語った。彼は練習の合間や野球が中止になった雨の日に、研究室を訪れ、寸暇を惜しんで顕微鏡をのぞき、筋組織や神経組織などのスケッチに励んだ。米国に帰国後、シカゴの医科大学で整形外科学を学び、カリフォルニアで開業した。現在は大学で教育者として活動している。

 「広島カープでプレーしていたとき、私は野球ファンのためにベストをつくしました。整形外科の専門医である皆さんは、患者のためにベストをつくしてほしい。医療はつねに変化している。新しい技術を学び、積極的に吸収してほしい」

 講演の最後に出席者たちにこう語りかけて帰国したが、翌月まで滞在していたら医療の変化を実感させる画期的な整形外科領域の手術が、彼が学んだ広島大学で行われたことを知っただろう。

 「ひざ痛治療革命」(『週刊文春』2013年9月12日号)と称される、自家培養軟骨を用いた軟骨再生の技術は、今年度から保険適用になったこともあり、いま多くの整形外科医が関心を寄せ、習得しようとしている。

 保険適用第一号の患者を手術したのは、始球式で往年のホームランバッターを山なりのフォークボールで空振りさせた越智教授である。