大歓声が沸き起こった始球式

 「私が始球式で投げたストライクからボールになるフォークボールを、単なる山なりの球と指摘してくれる人もいたが、往年のホームランバッターは本気かつ豪快に空振りをした。カープが優勝を忘れて長い時間が過ぎた。『ホプキンス。カムバック』。優勝を待ち望むファンの前に、時空を超えてヒーローが帰ってきた」

 2013年5月26日、越智光夫・広島大学大学院整形外科教授は、広島カープ対楽天イーグルス戦が行われるマツダスタジアムで、始球式のマウンドに立っていた。

 なぜ外科医が始球式で投げるのか。

 背番号86のユニフォームをまとった越智さんを紹介するアナウンスが球場に響いた。

 「本日、始球式でマウンドに立たれるのは、広島カープのチームドクターであり、5月23日から26日まで広島市で開催される第86回日本整形外科学会学術総会の学会会長を務められる越智光夫さまです」

 続いて打席に立つ人物の名が告げられると、大歓声が沸き起こった。「ゲイル・ホプキンス」――年季の入った広島カープのファンならば、その名を聞いただけで胸が高鳴る伝説の選手だ。

 あの1975年の巨人との後楽園球場での優勝決定戦。広島の3番打者だったホプキンスは、1対0と1点リードで迎えた9回表、スリーラン・ホームランを放ち広島を初優勝に導いた。そのときと同じ6番の背番号をつけて打席に入ったホプキンスは、越智さんが投げた球をフルスイングした。球はバットの下をくぐり抜け、捕手のミットにおさまったが、当たっていたら外野席に飛び込んでいただろう。とても70歳とは思えない力強い振りだった。