半導体の技術と業界の今と未来を、さまざまな視座にいる識者が論じる「SCR大喜利」、今回のテーマは「控えめな支配者ARMの功罪」である。
スマートフォンからサーバー、車載システム、医療機器など、ありとあらゆる電子機器の中に、ARMコアが搭載されるようになった。半導体メーカーが自社開発したプロセッサーやマイコンが使われてきた分野で、栄光の大英帝国を体現するかのごとく、次々とARMコアを搭載したチップに置き換わっていっている。しかも、少なくともチップのユーザー側は、この状況を歓迎し、後押ししているように見える。
ARMは、パソコンでのIntel社のように、最終システムで自社製品の搭載を誇る賑々しいブランディングはしていない。それでいながら、独自プロセッサーを開発していた半導体メーカーも、続々とARMコアを搭載したチップを製品化するようになった。まさに寡占と言える状況、気が付けばすべてがARMで埋め尽くされていたという感がある。しかも、こうした状況が、日に日に色濃くなっていく中で、大きな警戒心を持たれることもない。
今回のSCR大喜利では、なぜこんなにARMだらけになったのか、ARMだらけになって電子システムの進歩に支障はないのか、ARMの天下は続くのかといった、ARMに関してあまり語られていな側面を議論していただいた。今回の回答者は、アーサー・D・リトルの三ツ谷翔太氏である。
アーサー・D・リトル(ジャパン) マネジャー
【質問1の回答】徹底的なエコシステム構築による構造的なロックイン
ARM社の対外発表で常に、また、最も強調して用いられるキーワードのひとつは、間違いなく「エコシステム」だろう。これは彼らのビジネス・モデルや競争力源泉を象徴するキーワードであるからだ。
ARM社の収益源泉は、半導体メーカーに対して同社の設計図の使用を許諾するライセンス収入と、その設計図を用いた半導体の売上からのロイヤリティ収入である。つまり、同社の事業成長のためには、顧客である半導体メーカーがパートナとして成功し続けることが必要となる。そこで同社はパートナとともに共存共栄できるエコシステム(生態系)を徹底的に構築してきた。
分かりやすい例としては、同社からパートナへの開発ツールやソフトウェア、関連情報の提供といった支援環境の整備が挙げられる。また、エコシステムの中心にいる同社は、様々な業界のパートナから最前線のフィードバックを受けられる立場にあり、その結果として今後の技術展望の全体像や各業界・顧客間に共通した基盤的な課題を見出し、次なるIPコアの提供へとつなぐことができる。ARM社のエコシステムは、このような継続的・双方向的なフィードバック・サイクルを持ち、パートナは互いに不可欠な存在としてそのエコシステムに構造的にロックインされている。
なお、蛇足となるが、競争優位のために、ビジネス・モデルとしてのイノベーションが求められる今日において、この“系全体を捉えたエコシステム構築”という視点・発想は、現状の自社の事業範囲に視野狭窄しがちな日系メーカー全般としても大いに学ぶべきところがあるのではないか。