最近、農業について幾つかの取材をする機会がありました。これらの取材で知ったのが、植物生理学や植物病理学、昆虫学などにおいて、農作物の生育に関わる環境条件や病気・害虫の発生条件が、かなりのレベルで解明されているということです。例えば日照時間や温度などを基に作物の収穫時期をコントロールしたり、病気や害虫の発生を予想したりできます。

 ただし現在の日本の農業は、こうした科学的な根拠に基づく栽培方法の知見が十分に生かされているとはいえないそうです。農業の生産現場の環境は気象や天候によって大きく変化します。研究機関などの試験環境で実証できても、それを生産現場で再現するのは容易ではないのです。このため農業に従事している方の多くが、今も「勘」や「経験」を頼りにしています。

 このように、「科学的な栽培方法」と「実際の農業」の間には谷があります。その橋渡しをするべく、センサーやクラウドコンピューティングといったIT・エレクトロニクス技術の活用が始まっています。施設栽培のハイテク化や植物工場に向けた取り組みです。野外で作物を育てる露地栽培に向けた取り組みも一部あります。いずれも、各種センサーで気温や湿度、照度などのデータを取得。これらのデータを基に空調設備や給水装置などを制御して、なるべく作物の生育に適した環境を保ちます。つまり研究機関などの試験環境に近い環境を再現できるので、科学的な知見を生かしやすいわけです。

 こうした「環境制御型」と呼ばれる農業の分野に参入する電機メーカーが相次いています。例えば富士通と東芝は、操業を停止した半導体や電子機器の工場のクリーンルームを活用し、レタスなどを生産する植物工場を立ち上げました。両社とも野菜を販売するだけでなく、植物工場の構築・運営ノウハウを蓄積して外販する狙いがあります。

 パナソニックは、ホウレンソウの栽培を自動化する農業プラントの販売を2014年秋に始めます。ビニールハウスの施工や機器の設置も含めて提供する“まるごと事業”です。このプラントは、各種センサーで収集した環境データを基に、カーテンや散水装置、噴霧装置などを自動制御する機能を備えています。この機能により、生産者は勘や経験に頼らなくても安定してホウレンソウを栽培できるそうです。

 IT・エレクトロニクス技術が橋渡しするのは、科学的な栽培方法だけにとどまりません。今後はIT・エレクトロニクス技術によって、農業と食・ヘルスケアを連携させる動きも活発化しそうです。「ユーザーの健康・嗜好に合う作物を生育する」といった、農業と食・ヘルスケア産業のサプライチェーンです。例えば土壌や培養液のミネラル(K、Na、Mg)イオン濃度を測定するセンサーを使って、ダイエットや美肌、血圧低下などの効能があるとされる「機能性野菜」を栽培する技術開発も始まっています。

 日経エレクトロニクスの9月1月号の特集「農業と創る電機の未来」では、このようにIT・エレクトロニクス技術がもたらす「農業と食・ヘルスケアとの融合」のインパクトや電機各社の参入動向などについて取り上げました。ご興味のある方は、ぜひご一読いただければ幸いです。