エレの時間、クルマの時間――。こう題したコラムを、エレクトロニクス業界を追いかけるメディア「日経エレクトロニクス」の今井編集長が執筆していました(協力メディア「日経テクノロジーオンライン」の関連記事)。これは、自動車業界とエレクトロニクス業界での時間感覚の違いを示したコラムです。エレクトロニクス業界にとっての10年後は予測困難であるのに対し、自動車業界にとっての10年後は高い確度で予測でき、確実な実現を求められる「今の仕事」であると今井編集長は記しています。

 では、デジタルヘルスの時間はどうなのか。現時点での時間感覚で言えば、エレはもちろん、クルマよりも遅い、最もゆったりとした分野であると位置付けられるでしょう。何しろ、日経デジタルヘルスの前身である「デジタルヘルスOnline」が立ち上がった2010年から4年経った現在でも、大まかな業界の構図や課題は当時とほぼ変わっていないのですから。

 しかし、デジタルヘルス業界の10年後が自動車業界よりもさらに高い確度で予測できるかと言えば、その答えは「No」ではないでしょうか。デジタルヘルス業界ではこれから10年、急激な変化をもたらす技術要因や社会要因などが複雑に絡み合い、先行きを見通すことが難しくなってきています。まさに今、非連続な変化が起こりうる変曲点に差し掛かっています。

 冒頭の今井編集長のコラムでは、こうも記しています。――往年のベストセラー『ゾウの時間、ネズミの時間』によれば、動物の時間は体重の1/4乗に比例するとのこと。「進化は(体重の)小さいものからスタートする」ともあります。小さいものの方が、突然変異により、短期間で新しいものが生まれる可能性が高いからだそうです――

 今後、デジタルヘルス業界で短期間に急激な変化が起こるのであれば、その突然変異の中心にいるのも、やはり「(体重の)小さいもの」となるのでしょうか。日経デジタルヘルスではかねて、大病院完結型医療からの脱却というパラダイムシフトを前提とした動きを追いかけてきました。最近日経デジタルヘルスに掲載した寄稿記事「ヘルスケアビジネスの展望とICTの役割」では、将来は、病院や医師だけに依存することなく、患者との価値共創の時代になるとあります。今年になってにわかに盛り上がりを見せている遺伝子解析サービスも、こうした流れの一環と位置付けられるでしょう。

 一方、最近では米国西海岸を中心にヘルスケアベンチャーなるものが急増しており、ある種“聖域”とされていた医療業界もベンチャー企業やベンチャー的発想を無視できない状況になりつつあります。さらに、今度の日曜日(2014年8月24日)には、医学生×文系学生×工学生×デザインが作る「医療アプリコンテスト」の決勝コンテストが開催されます。こうした取り組みも数年前にはあまり考えなれなかったものでしょう。

 これらが「(体重の)小さいもの」に相当するのかどうかは分かりません。ただし、病院中心から患者中心へ、大企業からベンチャー(的)企業へ…といった流れが、デジタルヘルスの未来を左右していることは確かでしょう。

 ところで筆者は大学生時代、『ゾウの時間、ネズミの時間』の著者である本川達雄氏の講義を受けていました。この講義の教科書として、同著書を読んだ記憶があります。あれから約20年、筆者の体重はかなり増加。果たして相応の進化を遂げられたのか、少し考えさせられました。