「リストラ」の名の下、日本の名だたるエレクトロニクス関連企業から多くの技術者が退社を余儀なくされている。一方で、日本企業から数多くの技術者がアジアの企業、とりわけサムスングループに移籍しているのも事実だ。

 もっとも、リストラはサムスングループでは日常茶飯事といった光景だ。若手社員から幹部社員に至るまで、会社を去る人間は後を絶たない。

 例えば若手社員の場合、グループ全体で大卒以上の新入社員数は毎年約1万に達するが、1年後にはその約10%が、3年後には約30%が去っていく。会社側が退社を命じているわけではない。最大の理由は、仕事がきつくて大変、あるいは社内の過酷な出世競争を目の当たりにし、自信を喪失することに端を発している。

 若手社員は自主的に退社するのがほとんど。だが、役員はもとより、開発責任者などの部長級でも退社が強制的になる場合がある。つまり、経営トップが役員や部長級の責任を追及し、本人が社内に留まれず退社していくわけだ。よく「事実は小説より奇なり」と言われるが正にその通りである。

 筆者自身、ホンダからサムスンSDIに移籍して以降、幹部社員が会社を去る姿を何度も目にしてきた。今回のコラムでは、サムスングループにおける責任の所在について議論してみたい。

後発なのに武器がない

 実際に部長級社員が会社を去る現場に遭遇したのは、2007年のこと。研究開発が急ピッチで進められていたシリコン結晶系の太陽電池の事業化の過程においてだ。既に、日本ではシャープや京セラ、旧三洋電機がシリコン結晶系の太陽電池事業でトップシェアを誇っており、サムスンSDIの立ち位置は周回遅れどころか十年以上もの遅れと言える状況だった。

 日本企業各社が太陽電池事業で成功をおさめていた背景には、日本政府に働きかけて補助金制度を作り上げてきたことが大きい。つまり、ビジネスモデルを構築しやすい環境だったわけだ。

 これに対し、韓国では日本のような家庭用太陽電池のビジネスモデルを実現するのが難しかった。理由は大きく2つある。

 まず1つが、電力料金が日本の約3分の1程度であり、太陽電池を家庭に導入してもユーザーメリットが得られないこと。もう1つが、全世帯の60%以上がアパート形式(日本のマンションに相当)のため、屋根面積の確保が困難であることだ。戸建住宅も存在するが、高級住宅地はソウル市内の限られた地区のみ。多くは田舎にあり、経済的な側面から太陽電池の導入は難しい。

 サムスンSDIが太陽電池事業で成功を収めるには、日本とは異なるビジネスモデルを構築する必要があり、メガソーラーなどの大規模発電施設にターゲットを絞り込んでいた。当時のサムスンSDI社長も事業化には前向きであり、プロジェクトリーダー(PL)を務めていた中央研究所の部長級の首席研究員からの報告会は頻繁に実施されていた。

 事業化に向けた課題は明確。勝てるシナリオを見出すことだった。社長からは毎回、「切り口は何だ」、「勝算はあるのか」との質問が飛んでいたが、担当の首席研究員は「発電効率を世界一に高めていきます」との回答に終始。だが、発言を裏付ける独自技術は存在せず、発電効率の記録を更新し続ける日本勢との差は広がるばかりだった。

 筆者も技術経営の立場で会議に出席していたのだが、太陽電池の発電効率では日本企業に対して勝ち目はないと感じていた。このため、担当の首席研究員に、「日本企業の研究開発は緻密。飛び道具がない中でサムスンSDIの発電効率が日本勢を凌ぐという計画の根拠が見当たらない。気持ちだけでは駄目なのでは」と投げかけてみたものの、聞く耳は持っていない。その結果、議論は進まず事業化に向けた具体的なシナリオは描けないままだった。