前回の本欄で、「システムLSI」という言葉は定義があいまいで実体がない、ということを述べた。ならばそんな言葉は使わなければ良いではないか、なぜわざわざ本欄で取り上げるのか、と思われる方がおられるかも知れないが、残念なことにこの用語は、定義があいまいなままメディアなどを通じて広く流布してしまっている。

 そして大袈裟に言えば、この言葉そのものが日本の半導体産業を窮地に追い込んだ、と筆者は思っている。問題として取り上げるにはやや遅過ぎる感は否めないが、やはり放置すべきことではないと思うので、ここで持論を展開したい。

 「システムLSI」という用語が使われ始めたのは、1990年代後半、日系大手半導体メーカー各社がDRAM事業から徐々に撤退し始めた頃である。「戦略商品をDRAMからシステムLSIに切り替える」という説明が何となく世の中で容認されてしまったため、そのまま定着してしまったようだ。

 では、システムLSIとは何か。マイクロプロセッサー、メモリー、周辺ロジックを1チップに集積したデバイスで、SoC(system on a chip)の同義語として使う半導体メーカーもあれば、ロジックICの別称として使うメーカーもある。さらには、メモリー、ディスクリート以外の半導体すべての総称として使うメーカーも存在する。厳密な定義がないまま、各社が自由に使った(というより乱用した)結果、便利な用語として市民権を得てしまったのである。

 DRAM事業の失敗で収益が悪化し、どうやって業績を回復させるか、どうやって金融機関の支援を受けるか、悩み抜いた半導体メーカー各社の経営陣は、「システムLSIなら付加価値もあるしDRAMのような価格変動も少ない」という魔法のような説明で、銀行から融資を引き出し、投資家から出資を引き出すことに成功した。支援を決定した金融機関も、とにかく「システムLSI」を応援せざるを得なくなった。融資した銀行がメディアに情報をリークするのも必然的な流れだ。

 かくして大手新聞の1面に「A社、システムLSIを来春から量産」などという記事が掲載されるとA社の株価が上昇、IR担当者に問い合わせが殺到する、という社会現象まで起こった。後日、当のIR担当者から「あんな記事、誰が書かせたんですか?弊社のシステムLSIって何ですか?量産してどこに売るんでしょう?」と愚痴を聞かされたことがある。問い合わせ対応ご苦労様、としか言いようがなかった。