前回に引き続いて有線ネットワークの話、今回は御存知イーサネットについて取り上げます。

イーサネットの誕生

 今でこそ有線ネットワークといえばイーサネット(Ethernet)の一族を指しますが、イーサネットには長い歴史があります。もともとイーサネットは1970年代に米Xerox社のパロアルト研究所(PARC)によって次世代コンピューター試作機「ALTO」用として開発されたものでした。「イーサネット」という名前も同社の登録商標であり、厳密にはゼロックス純正以外のイーサネット互換機器は「IEEE802.3規格」ではあっても「イーサネット」とは呼べません。

 ALTOは「ネットワーク(イーサネット)」「ウィンドウシステム(GUI)」「マウス」という三種の神器を備えた画期的なコンピューターであり、これを見学したスティーブ・ジョブス氏がMacintoshを着想したことは広く知られています。しかしALTOは画期的すぎたがゆえにXerox社の管理職には「研究所のヒマ潰し」「高価なオモチャ」程度にしか理解されず、ALTOが持っていた可能性はほとんど同社の事業としては活かされませんでした。

 ともあれ、最初のイーサネット(Ethernet 1.0)は直径12mmの同軸ケーブル(黄色の被覆材を用いる慣例から「イエローケーブル」と通称された)で最長500m、通信速度10Mbpsを実現しており、1970年代としては画期的な高速・長距離のネットワーク技術でした。ただし太くてゴツい同軸ケーブルの取り回しは容易ではなく、またケーブルにコンピューターを接続するためにはケーブル被覆に穴を開けて金属針をねじ込み(「タップ」と呼ばれた)、アナログ回路のフロントエンドを経て15pinの多芯ケーブル(トランシーバーケーブル、後のIEEE 802.3規格ではAUIケーブル注1)でコンピューター側の15pinインターフェースに接続する必要がありました。

注1)イーサネット仕様のトランシーバーケーブルとIEEE 802.3仕様のAUケーブルは一部仕様が異なります。最も異なるのはAUI仕様ではパケット終了毎に衝突検出信号が強制送出されるSQE(Signal Quality Error test)と呼ばれる信号が追加されたことでした。うっかりSQEスイッチをONのままリピータに接続してネットワークダウンさせちゃった、というのは当時のSEが体験した「よくある失敗」の1つです。

10BASE2とイーサネットの普及

 この不便を解消するため1980年代に開発されたのが「シン・イーサネット(Thin Ethernet)」注2)と呼ばれるもので、直径5mmのRG-58A/U同軸ケーブルを用い、半回転させて止めるBNC型コネクターを使用することによりタップやAUIケーブルの必要も無くなりました。ケーブル最大長は500mから 185mと短くなりましたが低価格化と利便性の向上は歓迎され、それまで研究所や大学で使われていたイーサネットが民間企業にも普及してゆく契機となりました。弊社がネットワーク関連製品開発に乗り出したのも丁度この頃です。同じ頃にイーサネットはIEEE802.3標準として規格化され、イエローケーブル・イーサネットは「10BASE5」、シン・イーサネットは「10BASE2」という規格名でも呼ばれるようになります。

注2)「シンネット(ThinNet)」や「チーパーネット(CheaperNet)」という呼称もありましたが、あまり多用はされませんでした。

 イーサネットの技術的特徴は「CSMA/CD(Carrier Sense Multiple Access/Collision Detection)」という仕様にありました。Multiple Accessとは「1本のケーブル上に複数のノードが接続される」バス型アーキテクチャーであること、Carrier Sense は「送信前にケーブル使用状況を確認する」分散型制御であること、Collision Detectionは「送信中に衝突検出(複数ノードが同時に送信していないかどうか)を行い、衝突検出があれば速やかに送信を中断する」ことを意味しています。この中でも衝突検出はイーサネットの特徴で、当時のネットワークアーキテクチャーではツリー型やトークン型が多く、バス型でも衝突検出は行わないものが普通でした。衝突検出はネットワーク効率を高める半面、アナログ部品で構成された衝突検出回路は低価格化・小型化に難があるとされ、「家庭用・小規模オフィス用には適さない」とも言われていました。この隙間を狙って「家庭用向き」と称する安価なネットワークアーキテクチャーが幾つか提案されますが、それらは次の10BASE-Tの成功によってほとんど消え去ることになります。