前回まで
旧知の川口盛之助さんのスマホカバーを見てしまったが故に、大人の部活として「白金夕暮れ団」という開発チームを立ち上げることになった記者。スイッチを使った手慰み装置の商品化を目指すことに。「じゃあ、そういうことで、よろしく」と、開発チームの設立を提案だけして、記者の上司は去っていったのであった…。

「ん、そう。つくるの?」

「いやー、この小刀、見てくださいよ。すごいっしょ?」
「何か、いい感じだね!」
「この刃紋もいいでしょ、でもすごいのは地金で、すごい刀鍛冶がやらなとこうはならないんっすよ」
「そうなの。俺もナイフ、持ってんだけどさ。これよ、これ!」
「あー、それはねー」

 5月28日の夕方。約束の時間に少し遅れて、事務所の会議室に通されると、テーブルの上に刃物を広げて「ガハハ」と談笑している怪しいオヤジが二人いた。

 一人は、日経BP未来研究所 所長の仲森。記者の上司である。もう一人は、久保田達也さん。イッツという会社の代表で、「くぼたつ」の通称で知られるプロの企画マンだ。東急ハンズの設立を企画したり、海外の有名システム手帳や「ティラミス」の日本市場を開拓したり、1970年代から数多くの優れた企画を立ち上げてきた、その筋では知らぬ人がいない人物である。

 原宿にほど近い、くぼたつさんの事務所を川口盛之助さんと二人で訪問した。前の打ち合わせがおしてしまい、時間に遅れそうだったのでタクシーを飛ばして到着したら、目に飛び込んできたのは小刀を挟んでガハガハと盛り上がるオヤジたち。その様子を見て川口さんと記者は、会議室の入り口でしばらく呆然と立っているしかなかった。

タイトル
原宿近くにある、くぼたつさんの会社の事務所を訪問した

 こう書かれても、読者のみなさんには何が何だかさっぱり分からないと思うので、少し時計の針を戻そう。

 川口さんが密かに手作りしているという「スイッチを使う手慰み装置」のことを所長の仲森に話すと、「おもろいね。んじゃ、大人の部活でさ、マジつくって、売ればいいじゃん」とノリノリに。「白金夕暮れ団」の名称で、川口団長を筆頭にした三人の開発チームを結成することになった。これが2月下旬のこと。

 だが、である。「そういうことで、よろしく」と言ってその場を去っていったきり、所長からは何の音沙汰もない。果たして、今後どうするつもりなのか。「あんなにノリノリだったくせに」という思いは心の奥にしまいつつ、このままではらちが明かないので川口さんと所長を呼び出して、白金夕暮れ団の第1回打ち合わせを開くことにした。場所は、いつものサイゼリヤ。5月9日のことである。

「でね、白金夕暮れ団はいいんですけど、どうするんですか、これ」
「おもろいよね。商品にするんでしょ。やろうよ、やろうよ」
「仲森は、こう言ってますけど、川口さんはどうなんすか」
「ん、そう。つくるの? まあね。そうかぁ、つくるのか…」

 普段は、敏腕コンサルタントとしてしゃべり出したら止まらない川口さんなのに、なぜかこのことについては口ごもる。手元のスイッチ試作品をカチャカチャいじりながら、落ち着きがない。