予算が付かないはやぶさ2に、最初に突きつけられた難題は「無料のロケットを海外から調達してくる」というものだった。ロケット調達交渉は不調に終わったが、その間に新規開発要素として、インパクターが浮上する。

 宇宙基本法成立で、国が宇宙利用重視に政策を転換したこと、民主党政権による事業仕分け、さらには、自発性を重んじる惑星科学コミュニティーからの疑義と反発――はやぶさ2に、次々と難題が降りかかる。萎縮することなくそれらに立ち向かう様は、シンデレラや鉢かぶり姫を連想させるものだった。

タダでロケットを取ってこい

川口 2007年から2008年にかけてのJAXAの方針は、「とにかく予算がない。海外との協力で打ち上げるロケットが見つけられれば、計画を進めてもよい」というものでした。もう時効になるから言ってもいいのかな。樋口さん(樋口清司・現JAXA副理事長、当時はJAXA月・惑星探査プログラムグループ統括リーダー)の指示でした。

――あれから、私たち外野は、はやぶさ2のことをシンデレラや鉢かぶり姫に例え始めたぐらいでしたから。なんともすごかったですね。 無料のロケット打ち上げを持ってこいというのですから。事情は分かりますが、並大抵の難しさじゃないですよね。

川口 ロケットを使える可能性があるところは全部赴いて、交渉しました。「Rockot」(ロコット、図1の右)を有するEurockot Launch Services社(ドイツとロシアの合弁企業)、新ロケット「VEGA」(ベガ、図1の左)を開発中だった欧州宇宙機関(ESA)……。アメリカにも行きました。
 でもって、やっていることは極端に言えば無料の技術指導ですよ。例えば、欧州でVEGAの開発を主管していたのはイタリア宇宙機関(ASI)ですが、ASIは自分たちのロケットで太陽系空間へ探査機を打ち上げるためのノウハウを持っていないわけです。我々は、打ち上げのトラジェクトリ*1を一つひとつ計算して、「ほら、そちらのロケットでも、このようにしてはやぶさ2を打ち上げることが可能ですよ」と示すわけです。VEGAならば、このようなトラジェクトリを採用すれば、南米ギアナのギアナ宇宙センターから打ち上げが可能で、その場合には各段が大西洋のこのあたりに落ちます、アフリカには落ちませんよ、と教えてあげるわけです。これがRockotでは、ロシアのプレセツク射場から打ち上げて、使い終わったロケットはカムチャッカ半島沖に落下させます。ギアナから打ち上げる「Soyuz」(ソユーズ)ロケットでも計算しました。そのうち向こうも、商業打ち上げカタログに惑星間打ち上げのメニューを記載するかも知れません(笑)。とにかく行けるところには全て行きました。

*1 トラジェクトリ 打ち上げ時にロケットがどの高度をどの速度で通過するかという軌跡のこと。打ち上げ計画の立案には必須とされる。

図1●はやぶさ2打ち上げ機となるかも知れなかった欧州宇宙機関(ESA)の「VEGA」(左)とEurockot Launch Services社の「Rockot」(右)
画像:ESA(左)、Eurockot Launch Services社(右)
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