旧知の川口盛之助さんと打ち合わせをしていた記者は、川口さんのスマホカバーに「照明スイッチ」が二つついていることに気が付いた。「何に使うのか」とツッコミを入れると、出るわ、出るわ、スイッチの効能について矢のように説明が。“プチ”ストレス解消から脳科学まで、川口さんの口から思いがあふれてくる。このままでは、打ち合わせが終わらない。記者が、話を打ち切ろうとすると…。
実はさ、2年くらい前から…
「そんなにすごいなら、そのスイッチをいじるアイデアで何か商品でもつくってみたらいいんじゃないすか」
打ち合わせの本論に話を引き戻そうと、少し皮肉を交えて水を向けてみた。「いやまあ、そこまでの話じゃないんだけどね、えへへ」と、場が和んで終わる予定だったが、想定とは様子が違う。
「やっぱりそう思うよね」
心なしか頬を幾分紅潮させながら、川口さんはおもむろに買ったばかりのWindows 8タブレットを取り出して、画面をタッチし始めた。
「実はさ、2年くらい前からつくってるんだよね」
「えっ」
どや顔で川口さんがタブレット端末の画面で見せてくれたのは、とても変な形の物体の写真である。
「何っすかこれ」
「何って、プロトタイプだよ。スイッチの」
忘れていた。川口さんは、長く研究開発戦略のコンサルタントを生業としている。アーサー・D・リトルという外資系のコンサルティングファームの幹部として敏腕を振るってきたのだが、一念発起して最近独立した注1)。
実は、コンサルタントになる前は技術者だった。大手電機メーカーで洗濯機や掃除機、空気清浄機などの白物家電を開発していたのだ。学生時代の専攻は材料工学。樹脂を固めて試作品を手作りするなどということは、まあ、お手の物である。
「へぇ~、自分で作ったんすか」
愚問である。うれしそうな川口さんの口から弾丸のように言葉が出てきた。
「売ってるんだよ、アキバとかに行くといろんなスイッチが。それを買ってきてさ、手の形に合うようにうまく形状を考えて。これって、ウルトラだと思うんだよね。予定ではね、バカスカ売れるはずなんだよ。やっぱりさ、人間ってカチャカチャ、やりたいじゃない? 脳科学的にも証明されてるわけ、カチャカチャやってるとね、頭脳が活性化されて知的作業がかはどるわけよ、本来的に脳がこういう動作を欲しているっていうか・・・」
「すごいじゃないっすか。まさに商品として売り出すっていうことですよね」
この問い掛けに、それまでの川口さんの勢いはピタリと止まった。