上野隆司氏は、発明家であり、経営者であり、研究者である。自ら発見した「プロストン」という物質を医薬品に応用する創薬ベンチャーを日米で立ち上げ、いずれも上場企業に育て上げた。これまでに開発した二つの新薬の売上高は、世界で3000億円を超えた。現在は、消化管や口の中の炎症をターゲットにした三番目の薬の開発に挑戦している。

 医薬品の候補物質が見つかっても、開発に成功する確率は1万分の1以下とされている。自ら発見した物質で三つ、四つと医薬品を出した人はまだいないと言われている。米国で財を成してなお、研究開発への熱意が衰えない上野氏は、先行事例がないリスクこそ、新しいビジネスの好機と考える。「本当に新しいものは、市場調査の結果からは生まれてこない」と説く。(リアル開発会議)

本当に新しいものは、市場調査の結果からは生まれてこない

 「ピカ新」「ゾロ」「ミーツー」。これらは、製薬業界の専門用語である。ミーツーは英語の「me too」で、新薬ではあるものの、既存薬と化学的に少しだけ違うというレベルのもの。ゾロはジェネリック(後発)医薬品のことである。ぞろぞろと後を追い掛けるところから名が付いた。

 私が研究開発で追求している医薬品は「ピカ新」である。従来の医薬品とは化学構造が骨格から異なる画期的な医薬品のことで、「ピカピカの新薬」が語源だ。もちろん、ピカ新だからすごいと言いたいわけではない。患者の金銭的な負担を減らすゾロやミーツーも社会の中で重要な役割を担っている。

 ただ、ピカ新は新しい治療の可能性を開き、市場を大きくする、いわば「イノベーション型」の商品だ。一方、ゾロやミーツーは、既存の市場を奪い合う置き換え型の商品と言えるだろう。

 ピカ新の研究開発を手掛ける中で実感してきたことがある。それは、本当に新しいものは市場調査の結果からは生まれてこないという事実だ。医薬品も他の分野と同じように、先行薬があれば、その売れ行きで市場規模が分かる。しかし、ピカ新は、どんなに市場調査をしても、「市場がありません」という回答しか返ってこない。なぜなら、先行事例が世の中に存在しないからである。

上野隆司氏。医薬発明家、米スキャンポ・ファーマシューティカルズ共同創業者兼名誉会長、米VLPセラピューティクス会長兼CMO
[画像のクリックで拡大表示]

 例えば、私が開発した2番目の新薬で、2012年に日本でも承認を受けた「アミティーザ」という慢性便秘症の治療薬がある。新しい処方箋便秘薬の登場は、業界では32年ぶりのことだった。慢性に使用できる便秘症の処方箋薬では日本初である。

 これだけ長い間、新薬が出ていなかったということは、処方箋医薬品としては忘れられた分野だ。便秘は病気ではなく、正常の中のバリエーションだと思っている人がほとんどである。仮に製薬会社が市場調査をしても、大したマーケットは存在しないという結果になるだろう。

 ではなぜ、私がこの分野の可能性に気付くことができたか。それは、臨床医として患者に触れた経験による「勘」があったからだ。

 医師の視点では、便秘で苦しんでいる人は老人を中心に非常に多い。これまでは「便秘は単に便通を良くすればいい」と考えられてきたが、実は違うケースがある。慢性便秘でお腹が痛いという症状は、単に便が詰まっているだけではなく、ストレスなどで腸にダメージを受けている可能性があるのだ。それを修復すれば、便通が良くなることに加え、腸のダメージを修復する治療にもつながる。そう発想すると、これまでとは全く異なるアイデアが生まれる。その結果がアミティーザである。