国内に受け手のなくなった研究成果が積み上がる

 超LSI共同研究所では、製品づくりの研究は行わなかった。製造装置などの共通基盤整備に努力を集中する。同研究所の所長・垂井康夫氏に「基礎的共通的技術に集中しよう」との方針があったためである [垂井、『超LSIの挑戦』、工業調査会、2000年、 pp.14-15]。「基礎的共通的」は「precompetitive」の原型である。この「precompetitive」こそ、後年、企業コンソーシアム共同研究のキーワードとなる。

 「市場競争の対象となる実事業に近い領域(competitiveな領域)は、個々の企業が自ら担当すべきである。政府の支援は市場競争以前の基礎的な領域(precompetitiveな領域)に限るべきだ」。この認識が世界的に一般化する。

 しかしこの認識が、近年の日本の半導体共同研究プロジェクトにやっかいな問題をもたらした。数々の共同研究プロジェクトのほとんどが、実は製造技術の研究をしている。それは現在の半導体事業にとって、製造技術はprecompetitiveな領域とプロジェクト関係者が考えたからである。

 メモリー事業を切り出して集約した後、日本企業の半導体事業は、システムLSIあるいはSoC(system on a chip)と呼ばれる製品が中心になる。システムLSIは、半導体を組み込む機器・システムの機能を半導体で実現しようとするものである。したがってシステムLSIは、どんな機能を持ったLSIか、で市場競争をする。すなわち「何を作るか」がcompetitiveな領域である。この認識を受け、「いかに作るか」すなわち製造技術は、precompetitiveな領域ということになった。その結果、国の関与する共同研究プロジェクトは、もっぱら製造技術の研究に従事する。

 ところが最近になって、日本の半導体メーカーは製造工場を維持できなくなる。製造を外国のファウンドリに委託し、自らはファブレスへ向かう。製造技術に関する研究成果の受け手が、国内には、いなくなってしまったのである。税金を投入して研究した成果の受け手が、国内にはいない、こういう事態になっている。

 製造がprecompetitive領域なら、各社が利用できるファウンドリを国内に創設し、各社はファブレスになるべきだったのではないか。しかし本連載の第6回で述べたように、2000年代の後半に至るまで、日本の半導体メーカーはファウンドリもファブレスも嫌い、各社それぞれが製造工場を社内に持ち続けようとした。この各社の意向を受け、各社が受け手となるはずの製造技術プロジェクトが次々に創られる。

 その成果が出てくるころに、各社は製造工場を維持できなくなり,ファブレスへ走る。こうして受け手のない研究成果が積み上がっていく。税金の無駄遣いと言わざるを得ない。

経済に貢献しなくても科学研究は大切

 誤解を避けたいので最後に付け加える。基礎的な科学研究は、人類にとって大切だと私は信じている。経済にまったく貢献しなくても、科学がもたらす知には価値がある。科学研究をしたいのなら、できもしない経済への貢献などを言い訳に持ち出さずに、科学の価値そのものを主張すべきである。私はそう考える。