未来の価値を先取りする行為が研究開発活動

 次に利益について考えよう。「安く仕入れて高く売る」。これが利益を生み出す行動の基本だ。別の表現をすると、資本主義における利潤は、価値体系と価値体系の間にある差異から生み出される [岩井、『ヴェニスの商人の資本論』、筑摩書房、1985年、p.50]。

 遠隔地貿易では、地理的に離れた二つの共同体の間の物の値段の差、これを介して利潤を生み出す。しかし貿易商の間に競争があると、仕入れ値は上がり、売値は下がって、利潤が出なくなる。二つの価値体系の間にあった差異がなくなり、利潤が生じなくなった状態、これが平衡状態である。すなわち平衡状態に達した経済システムは利潤を生まない。そうなったら、また新たな差異を探し求める。その意味で資本主義は、「けっして静態的たりえないもの」である [シュムペーター、『資本主義・社会主義・民主主義』、東洋経済新報社、1995年(原著刊行は1942年)、p.129]。

 以上の状態は図3と図4に例えられる。二つの水槽があり、底でつながっているとする。二つの水槽の水位に差があれば、水が流れる。この水流を利潤と解釈しよう。しかし水位の差はやがてなくなり、水流も止まる。平衡状態では二つの水槽の水位は等しく、水は流れない(図4)。すなわち利潤は生まれなくなる。どうするか。

図3 二つの水槽の水位に差があれば水が流れ、仕事をさせることができる(利潤が得られる)
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図4 二つの水槽の水位が等しいと、水流は生じない(利潤は生まれない)
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図5 水を注ぎ入れて水位に差をつくれば、再び水流が生じる(利益が出る)
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 図5のように、水位が等しくなってしまった水槽の片方に水を注ぎ入れる。また水位に差が出来て、再び水が流れ出すだろう。この水を注ぎ入れる行為、これが営利企業の研究活動に相当する。それは失われた差異を再び創り出す行為である。

 すなわち研究が利益に貢献するためには、何らかの差異を研究が創り出さなければならない。それはどんな差異か。新技術や新製品は、未来の価値体系の先取りと解釈できる。「未来の価値体系」と「現在の市場で成立している価値体系」の間の差異、これが研究の創り出す差異、そう考えることができる [岩井、『ヴェニスの商人の資本論』、p.50]。

 研究がもたらす未来の価値体系とは、つまるところ知識である。他者より先に新知識を獲得し、その新知識に基づいて新製品や新サービスを市場に提供する。

 新知識に基づく新製品や新サービスにも競争がある。例えば値下げ競争によって、やがて利益が出ない状態に陥る。すなわち新知識による差異が消滅し、平衡状態に達して利潤が生まれなくなる。この点は、地理的に離れた共同体の間の値段の差に基づく利潤と、原理的には同じだ。けれども大きな違いもある。

 地理的に離れた二つの共同体の間の値段の差は、一度なくなると元に戻すことは難しい。けれども知識、すなわち未来と現在の間の価値体系の差異は、研究によって次々と新たに生み出すことができる。一つの差異がなくなっても、さらに先の価値体系を獲得し、また新たな差異を創り出すことが、一時的には可能だ。すなわち現代の資本主義は、研究によって新たな差異を創り続け、それを「媒介」して利潤を生みだし続ける。資本主義経済の永久運動が、こうして可能になる。