バーチャルリアリティのその先は

 ソニー・コンピュータエンタテインメントが発売した家庭用ゲーム機「プレイステーション(PS)4」は、「シェア機能」を標準で備えている。コントローラーのシェアボタンを押すだけで、ゲームをプレーする様子をソーシャルメディアに投稿できる機能だ。録画してあとから投稿する(ビデオクリップ)、スクリーンショットを共有する、プレーの様子を生中継する(ブロードキャスト)の3通りから選べる。この4月には、ニコニコ動画に対応する予定だ。今後、実況プレー動画はますます活況を呈するだろう。

 PS4のような家庭用ゲーム機の特徴は、高精細な3次元コンピューターグラフィックス(CG)である。実写の映画を見るようなリアルさにはまだ達していないものの、3次元CGの描画性能は向上しており、その没入感は高まっている。

 つい先日、米Oculus VR社が開発したゴーグル型のヘッドマウントディスプレイ(HMD)「Oculus Rift」で、スキージャンプの映像「VR SKI JUMP」を体験する機会があった。ゴーグルの中の視界はすべて雪景色。まさにスキー場にいるような感覚だ。ジャンプ台を滑り降り、空中に飛び出して着地するのだが、視覚情報だけにもかかわらず、実際に空中を飛んでいるような体感を得ることができた。身体の動きを感知する加速度センサーを内蔵しており、ジャンプのタイミングなどの身体の動きによって飛距離を伸ばすことが可能だという。

左は、Oculus VR社のゴーグル型HMD。右は、同社が「International CES」で設けたプライベートブースでのデモの様子(写真左は筆者、右は日経エレクトロニクス)
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 このような没入感の強いゲームが増えると、子供の視覚と聴覚だけが発達してしまわないかと心配になった。バーチャルリアリティ(仮想現実)のスキージャンプでは、風を身体で感じたり、着地の衝撃を受けたり、氷の飛沫を顔に受けて冷たさを感じたりすることはない。

 動画の視聴がこれまで以上に教育・娯楽に入り込み、日常生活の中で大半を占めるようになれば、五感の中で触覚や味覚、嗅覚などを使う機会が少なくなってしまうのではないだろうか。先に触れた総務省の調査でも、ゲームや動画サイトに高校生が1日に費やす平均時間は、ソーシャルゲームで18.8分、それ以外のオンラインゲームで21.5分、ネット動画視聴は66.3分で、単純に合計しても2時間弱にもなるのだ。

 生まれた時から動画に慣れ親しんでいるデジタルネイティブの日常は、それより上の世代の体験とは異なる可能性がある。人と人との関係性を発達させるためには、ぬくもりや痛みなど、視覚・聴覚だけでは捉えきれないものへの感覚がベースとなる。デジタルネイティブ世代がバーチャルとリアルの違いを感じ取るためには、意識して触覚、味覚、嗅覚などの「リアル」な体験、言うなれば自分の身体の表面や内部に、異物を取り込む体験をする必要があるのではないか。

 ソーシャルメディアをはじめとするバーチャルな世界でのコミュニケーションが進んだ今、その存在を前提にリアルな体験を選択していくという“主客転倒”の状況が生まれつつある。前述した公園での遊びを動画で撮影する小学生は、それを象徴しているのかもしれない。

 バーチャル世界がリアルな体験を侵食していく時代には、翻ってリアルな体験の価値をこれまで以上に高めていくところにビジネスチャンスが生まれるのではないか。それはバーチャル世界を凌駕する感動であったり、逆に五感を拡張するなど、バーチャルの視座からリアルを捉え直したものであったりするかもしれない。五感を刺激する飲食を生業としている私も、若年層にバーチャルを超える「リアル」の魅力を伝えていきたいと感じた。