「私を信じてください」と言うしかない

 そもそもの視点が違うので、経営者には技術者が話す言葉が外国語にしか聞こえません。最終的には技術者が「私を信じてください」と言うしかないわけです。

 もう一つの阻害要因は、意思決定までの長いプロセスです。あるアイデアについて大企業で経営陣が意思決定するまでには、果てしない道のりが待ち構えています。それは「鋭さが丸められるプロセス」です。

 研究者や技術者が面白いことをひらめいたとします。こんな技術を開発したら素晴らしい商品になると。それをまずは自分の直属の上司である課長に提案します。課長がOKを出したら、話を部長や研究所長に持っていく。そこをうまく通り抜けると、技術担当の役員が「分かった」と言って技術開発に投資しようということになりますよね。

 技術の芽が出れば、今度は商品化の担当者に話が持ち込まれる。そこでも同じように課長から部長というプロセスを経て、最後の最後は経営トップに話が持ち込まれるわけです。この長い道のりの中で何が起きるでしょうか。

 技術の課長が「ん?」と疑問を呈して修正が入り、同じように部長で修正が入り、マーケティング部門でも修正が入り、経営トップに行き着いたときには最初の内容とは似て非なるものになります。要は、それぞれの関門で意思決定する人々が過去の事例を参照するので、それぞれの意思決定者にとって再現性のある、イメージしやすいものに変容していく。

 これが「鋭さが丸められるプロセス」なのです。このプロセスを経て経営トップのところに上がってきた提案は、すっかり角が取れて丸くなってしまいます。「これって何が新しいんだっけ? 同じようなことを前にもやってなかった?」といった内容になりがちなんです。

加藤 目に浮かぶようですね。第3の阻害要因は何ですか。

 新しいコンセプトでイノベーションを生み出そうとしても、形式化された決まった手法がないということです。最も実行の自由度が高い状態は、新しいコンセプトが生まれた最初の段階ですよね。でも、自由度が高いが故に労力をかけた分だけ成果が上がるという仕事ではありません。

 だから、現場の社員としては、既に確立された従来の手法の業務に力を入れがちです。会社としても新しいコンセプトを考えろと言いながら、成果が分かりやすい従来手法の業務に人材や資金のリソースを優先的に割きます。

 社員は一生懸命ですから、通常業務が肥大化して多忙になる。結果、「新しいことを考えようぜ」と口ではいいながらも、そんなゆとりはないという循環が生まれていくのです。

加藤 今、話していただいた三つの阻害要因を取り除いた組織がiCOVOというわけですね。

 そうです。速やかな意思決定のために、自分たちがつくった新しい商品やサービスのコンセプトを経営トップに直接提案する枠組みにしました。それは、とがったコンセプトをそのままたばこ事業のトップにぶつけるためです。会社の戦略とは離れたところで、とにかくとがったコンセプトを考えています。

加藤 とがったコンセプトをつくるには、技術からマーケティングまでさまざまな知見が必要ですね。