過去の事例に捉われがちな経営者

 第一に、開発者と経営者のコミュニケーションである。経営者と開発者では、意思決定のための思考プロセスが異なる。これが原因となって、イノベーションが生まれにくくなるという。

経営者の意思決定領域(左)と、開発者の意思決定領域(右)の違い(図は東氏提供)
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 経営者は企業経営の立場から、再現性のある過去の事例や調査データ、他者の意見を重視して決定することが多い。東氏によれば、これは左脳的な意思決定なのだという。一方、開発者は開発対象の技術や事象を注視し、多くの場合、直感や興味で判断する。これは右脳的な意思決定だ。

 平たく言えば、技術者は自分が開発を手掛ける技術に興味がある。「これはすごい技術だからやらせてください」と説明する。経営者はその話に投資したら儲かるのか、もっといい案があるのではないかと考えながら聞いている。「そもそもの視点が違うので、経営者には技術者が話す言葉が外国語にしか聞こえない。最終的には、技術者が『信じてください』と言うしかないわけです。経営者は過去の成功事例を参照する傾向があるので、コミュニケーションがうまくいかないと、新しいコンセプトであるほど意思決定できない」と東氏は指摘する。

 第2の阻害要因は、そもそも開発者が考えた当初のとがったコンセプトが経営者まで届かないということである。東氏は、これを「鋭さが丸められるプロセス」と表現している。

コンセプトの鋭さが丸められるプロセス(図は東氏提供)
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 開発者が最初に考えた提案は、とても鋭い提案であることが少なくない。だが、その提案が経営者に上がっていくまでのプロセスで、次第に角が取れていき、最終意思決定者に到達する段階になると「これって何が新しいの? 何か以前も同じようなことやってなかった?」というような“丸い”提案になっていくというわけだ。

 「開発者が何か面白いことをひらめいたら、まず担当の課長に提案する。もしかしたら、隣に座っている先輩を口説く必要があるかもしれませんね。そして、部長を説得する。そのプロセスをくぐり抜けて、製品化しようとなるとマーケティングや営業の担当者やその上司が入ってくる。それぞれの段階の意思決定者が少し疑問を持つと、各段階で修正が加わります。その過程を通ると最終の意思決定者にたどり着くころには、すっかり当たり障りのないものになってしまう」

 第3の阻害要因は、新しいコンセプトを実行するための確立された手法がないということである。新しいコンセプトは実行の自由度が高い。このため、労力をかけた分だけ成果が上がるということにはなりにくい。故に実行部隊は、手をつけやすく、労力をかけた分だけ成果が上がる既に確立された通常業務に力を割くことになる。かくして、充実感を得やすい通常業務は肥大化していく。

 「社員は一生懸命ですから、通常業務で多忙になる。結果、『新しいことを考えようぜ』と口では言いながらも、そんなゆとりはないという循環が生まれていくのです」

 これらの阻害要因をなるべく排して、新しいコンセプトを生み出す。東氏は、それを念頭に自分が率いるチームを立ち上げた。マーケティング部門から「こんなものを作ってくれ」と言われて開発するというようなことではなく、チームが独自に企画したいものを考え、とがったコンセプトを作りだすのである。

 チームには、東氏のように研究開発部門の出身者はもちろん、製品開発や営業、マーケティング、製造の各部門の出身者など多彩な顔ぶれがそろっている。それぞれの部門の状況をよく理解し、各部門と草の根の活動でコミュニケーションを取りながら最新の情報を収集できる人材を集めた。少数精鋭のチームによる検討で、とがったコンセプトを意思決定者とコミュニケーションが取れる形にし、とがったままのコンセプトを直接経営陣に提案する。