JR九州が2013年10月15日から営業運転を開始した豪華寝台列車(クルーズトレイン)「ななつ星in九州」は、かなりの高額であるにもかかわらず、大変な人気を博している。その車両のデザインを担当した水戸岡鋭治氏が、「新しいものを生むためには、ある意味でムダが必要」と、効率至上主義とは対照的な考え方を語った。

(ななつ星in九州の企画の経緯などは第1回に掲載)
関連記事を日経ものづくり2014年1月号に掲載)

――デザインにしろ機械設計にしろ、仕事をする目的についてどのようにお考えでしょうか。ここまでのお話では「自分を確立すること」というお言葉があったように思いますが。

「ななつ星in九州」(JR九州)の車両をデザインしたドーンデザイン研究所代表の水戸岡鋭治氏
写真:尾関裕士

水戸岡氏:仕事は、自分を掘り下げる作業には一番持ってこいの手段ですよね。一番鍛えられるのは仕事のはずですから。趣味でやっているのでは、そこには利害関係がありません。利害関係があって、厳しいビジネスになるからよく学習できるんです。利害関係のあるお互いが、多くの人に感動を与える素晴らしい商品を、素晴らしい「こと」「もの」をつくろうと思うと、そこにはエネルギーが必要で、知力も気力も体力も要るから、成長するわけじゃないですか。趣味で生きていくんだったら、誰かのためではないならば、大してエネルギーも必要ないでしょ。お金さえあればできるんだから、そんなに難しいことじゃないです。

 例えばデザイナーは、あまねく多くの人のために何をするかが重要で、心地良い、安全で安心で、美しくて楽しい時間と空間をつくる係であるわけです。でも、実はデザイナーではなくても人はみんなそうですよね。私は「デザイナー」という言葉は「人」という意味で使います。人間はみんなデザイナーだから、総合的で創造的な計画をしていくっていうのは、人生そのもののことですよね。

 本(注:水戸岡氏の著書「電車をデザインする仕事」など)にも書いていますけれども、最も近くにいて最も素晴らしいデザイナー、それはお父さんお母さんです。子供を育ててくれる。最も遠くで大きな仕事をしているデザイナーは内閣総理大臣。その両方がものすごく大事で、どちらもしっかりしていないと、子供は育ちません。

――世の中で、本当に自分自身も満足できる仕事をする、という意識が乏しくなっているように思います。

水戸岡氏:自分が満足するっていうのは、多くの人が喜んでくれて初めてのことなんで、単に自分自身が満足するような仕事もありますけれど、やはり基本的には多くの人が満足したときに自分も満足するっていうのが一般的な価値基準ですよね、きっと。そういうことを十分に学校や社会で教えていないのが問題かもしれないですね。

――人の役に立つことと、収益を上げるというかお金がいくら入るということの、どちらが目的なのかよく分からなくなることがありまして。

水戸岡氏:それは全然分からないですよね、基本的に。名誉とカネが欲しい、とりあえずカネが欲しいというのだってあるわけだから。お金があれば名誉が欲しいと思うし、一般的にはまずお金の方が欲しいって思うでしょ。でも、お金ってじゃあ、自分が生きていくための最低のものがあればいいっていうのが普通じゃないですか、本来は。自分の能力に、間尺に合ったお金があればいいんであって、間尺に合わない能力以上の対価を要求するのはおかしいっていうか、能力が何であるかっていう見極める目がものすごく大事じゃないですか。