水平分業に転換した理由と背景

 コンピュータ市場は、なぜ水平分業型に変わったのか。理由と背景を整理してみる。

    (1)コンピュータの価格が安くなる。垂直統合市場では市場競争するのは最終製品だけである。ヨコ型市場では、モジュール(部品やサブシステム)が、それぞれ市場で競争する。

    (2)他社の機器とつながりやすい。異なるメーカーのコンピュータや周辺機器をつなぐには、標準インタフェースに準拠したオープン・システムのほうが有利だ。

    (3)ネットワークが他社との関係構築を容易にする。取引コストが下がるからである。

    (4)水平分業が成り立つためには部品メーカーが存在しなければならず、そのためには経済社会のある程度の成熟が不可欠である。

    (5)グローバル化は水平分業を促す。世界全体なら調達先が見つかる。標準インタフェースに準拠した製品なら世界全体を市場にできる。

    (6)ソフトウエア開発とハードウエア生産では、組織と人材の向き不向きが違う。これを1社でやろうとすると、どちらの事業も最適化できない。

水平分業への転換の影響

 垂直統合から水平分業への構造転換は遠くまで影響が及ぶ。これも整理しておこう。

    (1)他社との連携・協力が必要である。

    (2)大企業の意味が小さくなり、ベンチャーへの期待が大きくなる。

    (3)社外への情報発信が不可欠である。このためにも会社は小さいほうがいい。

    (4)ネットワークの役割が大きい。水平分業は、ネットワークの進歩普及の結果でもある。

    (5)インタフェースの確立が不可欠である。

事実上の標準と公的な標準

 図4(b)の各層は、それぞれがモジュール化されている。マイクロプロセサ、ハードウエア、OS、アプリケーションなどがモジュールである。パソコンでは、これらのモジュールを別々の企業が提供している。複数企業の提供するモジュール同士が組み合わさって動作するためには、モジュール同士の連結ルール(インタフェース)を、複数の参加企業が共有することになる。これが標準インタフェースだ。この標準インタフェースは公開されていなければならない。逆に、標準インタフェースに準拠した製品であれば、誰でも市場に参入できる。これがモジュール化設計の特徴である。

 標準インタフェース、すなわちモジュールの連結ルールを決めるのは誰か。従来の工業製品では、お役所主導で業界関係者が集まり、会合で標準を決めて通達する、といった感じの決まり方だった。これが公的な標準(デジュリ・スタンダード dejure standard) である。これに対して近年の情報システムでは、開発段階からのマーケティングを兼ねた多数派工作、市場でのユーザーの獲得数などが、事実上の標準 (defacto standard) を形成する。

 IBMシステム/360では、IBM社のアーキテクトがインタフェースを決めた。この場合は、もともとは社内向けのインタフェースである。しかしこのインタフェースに準拠した互換製品が次々にIBM社外から提供される。IBM社の意に反して、システム/360のインタフェースは結果的に、業界の標準インタフェースとなった。

 パソコン (IBM-PC) の場合は、IBM社は最初からインタフェースを公開し、互換機参入を促す。初めから標準インタフェースを目指していた。そのほうがパソコン業界全体の拡大につながり、結果としてIBM社のパソコン事業も成長する。そう考えたと言われている。たしかに汎用機のシステム/360のときはそうなり、IBMに多大な収益をもたらすと同時に、互換機ビジネスも大きく成長した。

 パソコンの場合もIBM提唱のインタフェースは標準になった。IBM-PC互換のパソコン市場は躍進する。Microsoft社とIntel社は大きく伸びた。台湾には大きなパソコン関連産業が形成される。しかしIBM社自身のパソコンは「one of them」の地位にとどまる。IBM社は2004年、パソコン事業を中国のレノボに売却、パソコン事業から撤退する。

 パソコン市場が大きく伸びるなか、事実上の標準となっていったのは、Microsoft社とIntel社の提唱するインタフェースである。自社が提唱したインタフェースが事実上の標準となると、ビジネスを進めやすい。Microsoft社とIntel社は「ウインテル」(Wintel = Windows + Intel)連合と呼ばれるようになり、パソコン業界を長く独占的に支配する。