今、欧州、特にドイツの電力事情に劇的な変化が起こっています。ベースロードといわれる電力の、電力事業者間の取引価格、つまり卸売り価格が大幅に低下しているのです(欧州電力取引所(EEX)のWebページ)。2008年におよそ約6.5ユーロ・セント/kWhだった価格は、2012年には約4.3ユーロ・セント/kWhに低下。さらに、2013年6月には、3.0ユーロ・セント/kWhにまで下がりました。より短い期間では2ユーロ・セント/kWh台、さらには負の価格、つまりタダを通り越して、「もってけドロボー!、持って行ってくれたらお金を払う」という状況になった日もあったようです。2013年11月15日は、5.748ユーロ・セント/kWh(EEXでは、57.48ユーロ/MWhという表記)と、やや値を戻しています。ちなみに、3.0ユーロ・セント/kWhは日本円では、約4円/kWhに相当します。

 2013年6月にドイツで何が起こったのか。実は同6月は、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの出力が、全発電出力に対して非常に高くなった月でした。例えばドイツでは2013年6月16日(日)に、太陽光発電がほぼ正午に20GW超、風力発電が10GW弱の合計約30GWの出力となり、全電力需要(出力ベース)の約61%を占めました。以前、スペインで再生可能エネルギーの割合が出力ベースで60%を超えたことがありましたが、それは深夜に電力需要自体が小さくなったことが大きな要因でした(関連記事)。ドイツの場合は、日曜日とはいえ正午前後の話で、再生可能エネルギーの出力が大きく高まったことが主因です。社会に対するインパクトは、ドイツの方がより高くなります。

 2012年から目立ち始めたEEXでのベースロード電力の卸売り価格の下落の要因の一つは、この再生可能エネルギーの発電出力が大きく高まり、端的に言えば電力供給が過剰になってきたためです。電力は余らせることができないので、過剰分は値段を下げてでも売り切らなくてはなりません。

 本来は、電力供給が過剰になるなら、発電を止めればよいのです。ドイツでは、電力供給源の優先順位として再生可能エネルギーが最優先になっており、優先順位がより低い火力発電を先に止めることになります。ところが、火力発電は、出力が大きく変動する再生可能エネルギーのバックアップとして一定の発電能力を確保しなくてはなりません。しかも火力発電は、発電能力に対して出力を下げ過ぎてしまうと、発電効率も大きく低下します。こうした事情で、発電出力を十分には抑えきれず、電力が過剰気味になってしまうのです。

 3ユーロ・セント/kWhという価格は明らかに、火力発電の発電コスト(推定6~8ユーロ・セント/kWh)を大きく割り込んでおり、火力発電事業者にとってサステナブル(持続可能)ではありません。実際、ドイツの電力事業者はどこも悲鳴を上げて、ドイツ政府の再生可能エネルギー促進策を批判したり、火力発電への助成策を嘆願したりしています。こうした動きは、日本のメディアでも、ドイツの再生可能エネルギー政策の失敗として批判的に取り上げる記事が増えています。

 一方で、電力価格がここまで下がっていれば、たとえ一時的であっても恩恵を得る事業者や企業がいるはずです。ところが、下がっているのはあくまで卸売り価格。市場価格としては家庭向け電気料金はおろか、産業向け電気料金もほとんど下がっていないようです。価格低下の恩恵が見えにくいことで、再生可能エネルギーへの“風当り”は増す一方です。日本でもこのまま再生可能エネルギーが増えていけば遠くない将来、同じことになりそうです。

解決策は三つ

 こうした状況の打開策は大きく三つあります。最も早く打てる対策は、再生可能エネルギーを最優先とする考えを見直すことです。電力供給が過剰になりそうな場合は、再生可能エネルギーであっても電力系統から切り離す(専門用語で解列)することを前提にするのです。実際には電力需要が比較的小さい一方で、日照条件や風況が同時に、しかも特に良くなるのはドイツでは5~6月、日本では5月と10月のそれぞれ数日~十数日と限られています。それらの日の各数時間だけ再生可能エネルギーを捨てれば、大半の電力過剰問題は解消するという研究も既にあります。ただし、再生可能エネルギーをさらに増やしていけばまた違う状況になるでしょう。

 二つめの打開策は、電力の供給過剰量に合わせて、電力を湯水のようにじゃんじゃん使うことです。ただし、これは電力の市場価格がもう少し弾力的でないと難しく、しかも今後は、経済があまり成長しない一方で、省エネルギー技術は伸び続ける見通しです。つまり、電力需要は増えるどころか大きく減る可能性が高いのです。

 例えば、照明に必要な電力量は世界の全電力消費量の約2割を占めますが、LED照明には発光効率が200lm/Wに達する開発例もいくつか出てきました(関連記事)。既存のほとんどの照明器具は発光効率が100lm/W以下ですから、仮にすべての照明が200lm/WのLED照明に置き換われば、照明に必要な電力消費量は半減し、全電力消費量は約1割低下します。最近、LEDはチップ・ベースでは300lm/Wも達成可能とする研究も出ています。省エネルギー化は当面止まらないでしょう。

 電力過剰に対する三つめの打開策は、余剰の電力を貯めることです。ただし、貯めるといっても蓄電池はそれ自体のコストが当面は高く、重いために持ち運びにくく、しかも最終的には電力として使う必要があります。蓄電池は、電力の出力変動の平滑化の手段にはなりますが、そもそも電力が過剰となる時代にはよい解決策になるとは限りません。

 それではどうするか。現在の技術で電力を貯める手段がもう一つあります。それは電力を水素に変換してしまうことです。電力を水素という形で貯蔵すれば、運搬も比較的容易で、しかも電力ではなく燃料としても利用できます。

 ちなみに、東日本大震災前の日本は、燃料として利用する化石燃料の海外からの購入に年間20兆円前後を費やしていました。現時点では原子力発電を止め、しかも円安が進んだことでさらに数兆円分増えています。

 再生可能エネルギーの促進で過剰になった電力を水素に変えて、それを基に水素社会を構築すれば、海外に流出する富を減らすことができ、単なる電力過剰問題の解決以上のメリットが生まれるでしょう。対策が待ったなしのドイツに比べて、再生可能エネルギーの普及が数年から10年遅れている日本は、その分準備する時間があるともいえます。