日経テクノロジーオンライン

自動車考―2.人と機械―

2013/11/11 06:00
新 誠一=電気通信大学教授

 さて、自動車考。「力で人は機械に及ばない」が第1回。今回は俊敏性である。雄の誇りは力と俊敏性。確かに男の子は落ち着きがない。私もそんな一人だった。20世紀の自動車、マニュアル・トランスミッションが当たり前の時代。エンストは恥。速やかにギア・チェンジをして、クラッチをつなぐことが上手な運転の象徴であった。いやいや、男の子は峠でパワー・スライドを楽しみ、広場でスピン・ターンを決めていた。アクセル、ブレーキ、クラッチ、そしてハンドルを駆使して車を制御下におくことが自動車乗りの愉悦であった。それには、マニュアルだけでなく、操舵は前輪、駆動が後輪のFR車が最低必要条件であった。

 憧れのFRは20世紀。今は21世紀。主力はFF車。操舵も駆動も前輪頼み。乾燥アスファルトではスライドしない幅広タイヤ、それに足踏みや電動ブレーキ。クラッチは、クラッチは見当たらない。パワー・スライドもスピン・ターンも夢のまた夢。男の技は見せられない。

 瞬間。瞬き。まばたきの時間。約0.1秒。人にとっては速さを象徴する言葉。実は神経の反応時間である。自動車教習所では、危険の認知に0.1秒、判断に0.1秒、操作に0.1秒。合わせて0.3秒の遅れが存在するので車間をとれと教えられる。300ミリ秒。悠長なことである。電子制御は、ミリ秒単位。男の子の100倍以上の速さでレーダーやカメラなどで危険を認知し、32ビットCPUで判断し、電動で操作している。もう機械の方が優秀である。

 Tech-On!の記事によれば、NEDOのプロジェクトでトラック4台を車間4m、時速80kmで隊列走行させたそうである。さすがに同乗取材は許可されなかったそうだ。これは機械だからできることである。

 私は、東名高速道路を車間1m、時速100kmで走らせれば新東名高速道路はいらないと長年公言している。4mでも1mでも、人は運転できない。たとえ運転できたとしても、続けられない。機械はどこまでも車間4mで走る。電子制御は既に人の能力を上回っている。実際、男の子の憧れ、F1では電子制御を制限している。制限しないと人と人の勝負ではなく、機械と機械の勝負になってしまうからである。いやいや、機械が作りだす加減速Gや横Gにどこまで耐えられるかという人間耐久レースになってしまう。実は人を乗せない方速い。

 もちろん、機械は間違える。人も間違える。たぶん、人の方が間違える。なぜなら、間違える所に人の価値があるから。間違えるから発見がある。機械は間違えない。機械の保護の下、人がチャレンジをして、発見に結びつけるところに発展があるように思える。さあ、自動運転の可能性を論じる時代は終わった。力、俊敏性、そして持続性で機械が勝っている現実を認めよう。その現実の下で人の価値、機械と人の関わりを模索する時代が始まった。