組織は波風が立つのを恐れる

 繰り返しになりますが、新市場を創造するような革新的製品は、社内で多くの反対に遭います。従って、たとえ個人の頭脳に革新的なアイデアが生まれても、それが組織の中でさまざまな部門間合意形成と調整のプロセスを経るうちに、陳腐なものに変容してしまう恐れがあります。あるいは、発言力や政治力の強い部署からの反対によって、コンセプト自体が消滅してしまうことすらあります。

 すり合わせによって組織内に濃密な人間関係が形成されることを先に説明しました。波風が立つことを恐れて組織内の融和や調和を何よりも重視する組織では、既存の製品やサービスを否定するような革新的なコンセプトは理解を得られず、全員の合意が得られやすいコンセプト、すなわち従来の価値次元の延長線上にあるコンセプトを採用しやすい傾向があります。新たな価値次元を持ったコンセプトにとっては、すり合わせ能力がむしろ硬直性として作用してしまうのはそのためです。

 社内の主流部門の反対に遭いながらも、ウォークマンのコンセプトを堅持して事業化にこぎ着けられた大きな要因の1つは、発案者である盛田氏が創業者であったことにあります。前出のMADE IN JAPANによれば、同氏は「この企画の責任は私が一切引き受けるから」と言ってウォークマンの事業化を指示し、社内の反対を説き伏せました。それは創業者だからこそできることであって、サラリーマン社長の場合はよほどのリーダーシップがないと難しいかもしれません。

 ウォークマンのように新しい価値次元を体現するコンセプトは、多くの場合、従来の考え方や慣行に固執する人々の反対に遭います。それを突破して事業化を果たすには経営幹部によるトップダウン的な意思決定の仕組みが必要であることを、ウォークマンの事例は示唆しています。強みであったはずのすり合わせ能力が硬直性に転化する状況を打ち破るには、強いリーダーシップが欠かせません。