はじめに

 ソニーやパナソニック、シャープなどの日本を代表するエレクトロ二クス企業の苦境が昨今伝えられています。これらの企業では、かつてのようなイノベーションが止まってしまったように見えます。

 日本発の代表的なイノベーションとして恐らく多くの人が想起するのは、1979年に発売されたソニーの携帯型音楽プレーヤー「ウォークマン」ではないでしょうか。音楽の楽しみ方など生活スタイルに影響を与えて、新しい市場を切り開いたというインパクトの大きさからも、10年以上にわたり世界市場シェアの5割以上を占めていたという競争力の持続性からも、真っ先に挙げられるべきイノベーションであったことは間違いありません。

 近年の薄型テレビなどでも日本企業は確かにイノベーションを先導し、2000年代前半には世界をリードしていましたが、周知のようにすぐにアジア新興国に追い付かれてしまいました。今求められているのは、新市場を作り出し、継続的な革新によって市場をリードし続ける力です。このようなイノベーション力は日本から失われてしまったのでしょうか。

 本連載では、日本の組織が持つ根元的な能力という視点から、この問題について考えます。連載の中で詳しく説明しますが、新市場を創造した上で、その成長過程でも市場のリーダーであり続けるには、製品ライフサイクルの発展途上で2つの戦略転換を成功させる必要があります。ここで筆者が提示したい仮説は、かつて製品開発の現場でうまく機能していた日本メーカーの組織能力である「すり合わせ能力」が、戦略転換を妨げる硬直性の要因になってしまったのではないかということです。ここでいう硬直性とは、市場環境が変わったにもかかわらず、従来路線から軌道転換するのが非常に難しい組織体質を意味しています。

 まず、すり合わせ能力がどのように硬直性へと転化していったのか、そしてイノベーションの具体的文脈の中で、それがどのように阻害要因として作用するのかを説明します。そして、連載の最後に1つの処方箋として、「二刀流組織」(Ambidextrous Organization)の枠組みを提示したいと思います。