「すり合わせ能力」説の誕生

 「日本企業は欧米に比べてすり合わせ能力に秀でている」という主張は、何よりも現場感覚にフィットしたからでしょうか、多くの経営者に受け入れられたと言っていいでしょう。ただし、直観的に分かりやすい反面、誰もが表層的な理解で納得してしまいいかようにも解釈できるという危険性を持ちます。そもそも、この主張は何を根拠にどのような経緯で誕生したのでしょうか。

 人間個人の能力と同様に、組織能力もそれ自体を見たり測定したりすることは不可能です。組織能力によって生み出された具体的な行動から推し量るしかありません。そういう意味ですり合わせ能力を定義するのはなかなか難しいことですが、あえて定義するとすれば、すり合わせ能力とは「異なるものとの間で、きめ細やかな連携を実現できる組織の力」ということになります。具体的には、異なる技術分野間の技術融合、設計から製造に至るさまざまな業務を同時並行的に処理するコンカレント・エンジニアリングに代表される他部門との緊密かつ丁寧な調整、サプライヤーとの長期に及ぶ安定的な協力関係、顧客へのきめ細やかなサービスなど、日本の得意技として広く知られているこれらの経営慣行の土台にある組織能力です。

 このような経営慣行を日本企業はうまく取り入れてきましたが、欧米企業は必ずしもそうではありませんでした。欧米企業は、コンカレント・エンジニアリングの採用やサプライヤーとの安定的な協力関係の構築を試みたものの、思うような成果を上げられなかったのです。それらの歴史的な事実は、日本企業がすり合わせ能力に秀でているという主張を裏付けます。

技術融合で工作機械業界は成長

 例えば、技術融合を考えてみましょう。異分野間で相乗効果を生み出す技術融合は、これまで日本の得意技として世界に広く紹介されてきました。東京大学名誉教授の児玉文雄氏は、『Harvard Business Review』誌上で、初めて日本の技術革新の特質を技術融合として概念化しました。1992年のことです。そこで同氏が技術融合の典型例として取り上げたのは、NC工作機械に代表されるメカトロニクスです。メカトロニクスは日本人の造語ですが、機械技術とエレクトロニクス技術の融合による相乗効果によって、既存の工作機械メーカーが衰退することなく、関連産業全体が大きく成長しました。

 異分野間の技術融合は、決して容易ではありません。それぞれの技術分野には独自の評価基準や進化のスピードがあるので、各分野に従事する技術者の考え方や視点はそれに縛られるという自然な傾向を持つからです。その中で技術融合を生み出すには、異なる分野の技術者同士が場を共有しながら丁寧な議論を積み重ねていく必要があります。仮に技術戦略の相違が存在しても、「なぜ相手はこのように考えるか」という相手の事情や考え方にまでさかのぼることで、言葉では表せない暗黙知レベルで相手の考え方を理解できるようになります。このような能力がなければ技術融合は実現できないでしょう。