配偶者をお持ちの方は、こんな台詞をぽろっと漏らしたりするとさぞかし「角が立つ」かと。あいにく配偶者のいない私は、ご飯食べ放題の外食チェーン店で夜遅く、心の中でそうつぶやきます。チェーン店でも、日によって米のたき具合に微妙にバラつきがあるのです。ドンと置かれた巨大な釜に入っている時間の長さの方が、大きく影響しているのかもしれませんが。

 そんなことが妙に気になるのは最近、大手半導体メーカーから牛丼店などを展開する外食チェーンに転身したエンジニア(以下、A氏)に取材する機会があったからです。A氏は生産技術畑のエキスパートとして長く活躍された方ですが、定年を迎えて異業種に転身されたというわけです。現在の担当は技術部門の本部長職。食材の加工工場や全国に数千ある店舗にどのような設備や器具を導入し、業務効率を高めるかの責任を預かります。

 印象的だったのは「前職と違う仕事をしているという感覚がほとんどない」とおっしゃっていたこと。A氏によれば、店で提供する牛丼の味は、店舗のある場所や一日のうちの時間帯によってやはり微妙にばらつくそうです。こうしたばらつきを抑え、どの店でも時間帯によらず“うまい牛丼”を提供する環境を整えることが最大のミッションというわけです。「ばらつきを抑えること」は、A氏にとってはいわば本職。転職に伴う違和感のなさはそこに起因するようです。

 一方、半導体との大きな違いも感じるとのこと。例えば食材のたまねぎ一つを取っても、サイズや味にはばらつきがある。ナノ・オーダーで均質な半導体ウエハーに比べると「入力パラメータのばらつき」がとても大きいというわけです。そもそも、食材という「入力」と牛丼の品質や味という「出力」の関係がモデル化されていないこと自体が驚きだったと、A氏は話しておられました。数理モデルを駆使する業界に身を置いてこられた立場からは、当然の感想かもしれません。

 数千という店舗数の多さもA氏を悩ませます。半導体製造装置などに比べればはるかに安価な1万円程度の器具でも、全店舗に導入すれば数千万円の支出に膨れ上がる。一つの決断がもたらすインパクトの大きさに怖さを感じる、とのことでした。

 いろいろと難しさはあるものの、「あと10年早くこっちの業界に来ていればよかった」と話すA氏の顔は満足げでした。「もともと食べることが大好きなので、その点でも向いていた」とも。

 A氏にお話を伺ったのは、半導体技術者のキャリア・パスに関する日経エレクトロニクスの特集記事のためでした。この記事を企画したきっかけは、電機・半導体業界でここ数年にわたり大規模なリストラが繰り返されていること。企業を離れた技術者の方々が、どのようなフィールドに活躍の場を見いだされているかを知りたいと思いました。

 取材から見えてきたキーワードの一つは、意外にも「食」です。半導体の知見を、食品や農業の分野に生かそうとする事例に数多く出会いました。植物工場はその代表的事例です。例えば富士通は最近、半導体工場の遊休クリーン・ルームを使った機能性野菜の栽培に乗り出しました(関連記事)。同事業の担当者は元・半導体技術者。A氏の事例と同じく、半導体のノウハウを食という新たな分野で活用しようと挑んでいます。

 足元だけを見ると半導体技術者にとっては「苦難の時代」ですが、その活躍のフィールドは実は多方面に広がっている。取材を通じてそう感じました。日経エレクトロニクス11月11日号の特集記事「半導体技術者 越境のとき」を、ぜひご一読いただけますと幸いです。なお、日経エレクトロニクス Digitalでは特集記事の一部を先行して公開いたします。