ところが、取材を進めるうちに違和感が募ってきました。「スカウター」型のHMDを身につけて取材に現れた米MIT(Massachusetts Institute of Technology)の研究者は、こちらの話を聞いているのかいないのか、画面をチラ見して片手持ちのキーボードで始終何やら入力しています。いくら私の英語が残念だったとしても、これはさすがに失礼なんではないか。だから考えを変えました。本当にユーザーが欲しいのは、こんな変な使い方をする装置ではないはずだ。思いを込めた特集のタイトルは「携帯電話から始まるウエアラブル・コンピュータ」。NTTドコモが「iモード」を始める、ちょうどひと月前の発行でした。

 そして今、再びウエアラブルに注目が集まっています。米Gartner社が提唱する「ハイプ・サイクル」によると、大きな期待を集めたテクノロジーは幻滅期を経た後に安定するらしいので、今度こそ本物なのでしょうか。もっとも、その試金石が韓国Samsung Electronics社が最近世に出した時計だとしたら、ウエアラブルの将来はちょっと心配な気がします。

 スマートフォン(スマホ)と連携するSamsung社の時計は確かに便利そうです。1998年には考えられなかった、スマホ全盛の時代ですから。ただ、どこかの記事にあった記述にあれっと思いました。「カバンに入れているスマホを取り出さなくても…」。え、ちょっと待ってください。スマホってカバンに入れるものなんですか。

 だから早速、調べてみました。昨夜の帰宅電車で運良く座れたので、自分の前に横一列に並んで吊革につかまっている乗客の皆さんの持ち物チェックです。全7人中、腕時計をしていると確認できたのは2人。一方、手にした携帯電話をにらんでいる人は計4名に上りました。実はもう一人、手に持たずにスマホを使っていた人がいます。なんと、デイパックの肩にかける部分(何と呼ぶのでしょうか)に、画面が見えるよう透明になったケースに入れて、くくりつけてありました。イヤホンで音楽を聞いていらっしゃったのですが、肝心のライブの映像はこちらには見えるものの、ご本人には見えようのない画面の角度です。どこかの広告会社の方でしょうか。いずれにせよ、結果は明白です。携帯電話の方が、時計よりよっぽどウエアラブルじゃないですか。

 実際、Samsung社の時計の売れ行きは芳しいとはいえないようです。米国では購入者の3割が返品したという記事も目にしました(WIRED.JPの記事)。そりゃそうですよ、時計単体で使えないんですから。分解用に本誌の編集部にやってきた1台を触らせてもらいましたが、電源を入れても画面には「スマホとペアリングしろ」と言いたげなイラストが躍るばかり。残念ながら、連携可能なスマホは編集部にはありません。仕方なく唯一のボタンを押したり引いたり(引けはしませんね)しても、できるのはせいぜい再起動くらいです。