9月末のインタビューにて。この10月にはコンサルティングや投資を行う「ウィンコンサルタント」(埼玉県川口市)を設立した
9月末のインタビューにて。この10月にはコンサルティングや投資を行う「ウィンコンサルタント」(埼玉県川口市)を設立した
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 日本経済新聞出版社から先だって発売された、元 エルピーダメモリ社長の坂本幸雄氏の著書『不本意な敗戦 エルピーダの戦い』(Amazon.com)の売れ行きが好調のようです。私の自宅近くにあるTSUTAYAでも、書棚の目立つ場所に置かれていました。さっそく拝読しましたが、坂本氏の経営哲学がさまざまな“秘話”とともに語られており、とても興味深い内容でした。

 坂本氏に対する我々マスメディアの評価は、この1年半でガラリと変わりました。2012年2月の経営破綻直後は、まさに批判の嵐といった状況でした。いわく「日の丸半導体を終わらせた男」だと。ところがここにきて、どうやら風向きは変わりました。エルピーダを“社員をひとりも切らずに再生”(前掲書の帯の言葉)させた経営者として、その手腕を再評価する機運が高まっています。2002年の社長就任時から現在に至るまで、坂本氏ほど周囲の評価がコロコロ変わった経営者も珍しいかもしれません。

 坂本氏の手腕はどう評価されてしかるべきなのか、一記者である私自身の中でも結論は出ていません。エルピーダを大きく育てた経営者であることは間違いないと思う一方で、どこか大きな局面で舵取りを誤ったことも確かだと思うからです。坂本氏自身、前掲書の中では、台湾Powerchip Technology社と組んで台湾に巨大なパソコン用DRAM生産拠点を持ったことは、その後のパソコン用DRAMの市況を考えれば「失敗だったかもしれない」と振り返っています。

 ただ、そうした個々の経営判断に対する評価は別としても、坂本氏が“学ぶべきところの多い経営者”であることは確かだと思います。とりわけ私が、同氏の経営者としての際立った資質を常に感じていたのはその“語り口”でした。経営者が「何を語るか」はもちろん、「どのような言葉で語るか」。記者という職業柄、いつもそこが気になります。

 坂本氏にはこれまで何度かインタビューさせていただいたのですが、その語り口を一言でいえば「単刀直入」です。「うーん」「えーっと」「おそらく」といった言葉を挟まずに「それは~だよね」とスパッと言い切る。あまりにも返答が早く言葉も短いので、こちらとしては次の質問を考えている時間がありません。「なるほど。えーっと、ところで…」と、こちらが時間稼ぎをするような状況にしばしば追い込まれたものでした。

 単刀直入な返答ができるということは、とりもなおさず“自分の頭で考えている”ということでしょう。これは経営者としては当たり前のようで、実はなかなか難しいことではないでしょうか。“自分の頭で考えている”と自分では思っていても、実際には他人の言葉や表現を(無自覚のうちに)借り、それを自分の考えや表現と勘違いしている、という例はしばしばあります。メディアに勤める者として、自分自身もそうした勘違いをしばしば犯していると認めざるを得ません。

 坂本氏の言葉からはなぜ、そのような“借り物”の印象を受けないのか。その理由の一端を、前掲書につづられたエピソードに垣間見た気がします。例えば同氏は、社員から定期的にレポートされる工場の歩留まりや、DRAM価格などのデータを常に頭にたたきこんだ上でトップセールスなどに臨んでいたといいます。詳細な数字が頭に入っていなかったら「怖くて交渉などできない」と。そして決算発表など、対外的な場面で使うプレゼンテーション資料は自ら作っていたそうです。経営者のプレゼンテーション資料作成がしばしば重要な任務となってしまう「経営企画室」という組織は、企業には不要だとの主張も展開しています。

 エルピーダ社員にとって坂本氏がどのような経営者と映っていたのか、私には分かりませんが、「自分の言葉で思いを語れるトップ」であるとの思いは多くの社員にあったのではないでしょうか。そのことが、ある種の“安心感”を社員たちに与えていたとも想像します。これは経営者にとって、大切な資質の一つではないでしょうか。あらかじめ用意された文章を棒読みするだけの経営者には、誰もついていきたいとは思えないはず。そして我々メディアにとっては、自分の言葉で思いを語ってくれる経営者こそが「記事になる経営者」です。

 先だって、久しぶりに坂本氏にインタビューする機会がありました。単刀直入な語り口は健在でしたが、これまで見せることのなかったリラックスした表情も感じ取ることができました。インタビューの内容は、日経エレクトロニクス11月11日号や日経BP半導体リサーチに掲載予定です。『不本意な敗戦 エルピーダの戦い』と併せて、ご一読いただけますと幸いです。