理由は、いわゆる「イノベーションのジレンマ」というやつです。どのような製品にも、メーカー側がどんなに機能を高めても、ユーザーには大して変わらないように感じられる局面がいずれは訪れます。スマートフォン(スマホ)が、そろそろその領域に足を踏み入れていることは、多くのメーカーが感じているはずです。こうした時代になると、Apple流のものづくりは、あまり効果を発揮しないのかもしれません。

 一方で、Apple社の姿勢がこれまでと同じなのだとしたら、同社が最大限に力を発揮するのは全く新しい製品分野を生み出すときです。「iPod」「iPhone」「iPad」の次に続く製品に期待が集まっています。最近の流行からすると、次は「ウエアラブルな(身につけられる)」機器、具体的には「時計」でしょう。実際、Apple社は腕時時計型携帯端末の特許を申請しています(関連記事)。

 個人的には、時計型端末が成功する鍵はただ一つだと考えています。「スマホより速く情報にアクセスできること」です。多くの現代人のポケットには既にスマホが入っています。大抵の情報は、ポケットから端末を出してから僅かな操作で手に入れることができます。それよりも遅いようでは、わざわざ腕につける意味がありません。

 ポケットの中と腕では大して差がないようにも見えますが、実際には大きな違いを生む可能性があります。人間はほんの僅かでも楽をしたがるからです。会社の机に電話があるのに、ついつい携帯電話で掛けてしまうのは、私だけではないでしょう。目の前のテレビの電源を入れるのにリモコンが必須になるとは、普及する前には予想できませんでした。時計の世界では、かつて主流だった懐中時計が腕時計に道を譲っています。

 もっとも「スマホより速く」は、一筋縄では超えられないハードルです。時計ではありませんが、米Google社のヘッド・マウント・ディスプレイ(HMD)「Google Glass」の操作感について、「スマホを取り出した方が早い」との感想を聞いたことがあります。10月初旬に開催した「CEATEC JAPAN 2013」でもNTTドコモが将来のウエアラブル端末を想定したデモを実施していますが、スマホよりも簡単に扱えるまでには相当時間がかかりそうな印象でした(関連記事)。そもそも、既に製品化されているスマート・ウオッチ(関連記事)の多くは、スマホとの連携が前提です。腕で見られる情報が限られ、結局スマホを取り出さなければならないとしたら、情報へのアクセスはスマホよりむしろ遅くなってしまいます。

 この難題を解く鍵が何なのかは分かりません。一つだけ言えそうなのは、Apple社の姿勢からすれば、この障壁を突破しない限り製品化しないだろうということです。Apple社の時計がなかなか姿を表さないのは、ここで壁にぶつかっているからかもしれません。そういえば、同社がテレビを開発しているという噂もありましたね。