トヨタ自動車でハイブリッド車(HEV)初代「プリウス」のハイブリッドシステム開発リーダーを務め、その後2003年の2代目プリウスに搭載した「THSII」などハイブリッドシステム全般の開発を手がけた八重樫武久氏(現コーディア代表取締役)が、ハイブリッド車および次世代環境車を展望する連載「ハイブリッド進化論」。第3回は、ホンダから登場したJC08モード燃費で30.0km/Lを達成した新型「アコードハイブリッド」とトヨタ自動車のハイブリッドシステム「THS(Toyota Hybrid System)」の違いについて見ていく。

 先日の9月17日、欧州から成田空港に到着しスマートフォンの電源を入れて、初めてその朝にトヨタ自動車の最高顧問であった豊田英二氏がご逝去したことを知った。英二氏は私が最も尊敬する自動車エンジニアだった。入社当時はトヨタ自動車の社長で、仰ぎ見る存在であり実際にお会いしたのはそれほど多い回数ではないが、根っからの現場主義を貫き通し、直接、間接を合わせて多くの薫陶をいただいた。当時開発していたハイブリッド車(HEV)「プリウス」の強力な支援者の一人でもあり、1997年10月に行われた東京での報道陣向け発表会で、うれしそうに説明員へ労いの言葉を掛けられていたこと、またその時に浮かべられていた笑顔は今でも心に残っている。

 英二氏の笑顔は、プリウスが『創意、工夫、努力、困難に立ち向かう勇気』の結実だと思っていただけたからではないかと思う。こう考えたのは、英二氏のクルマづくりの考え方を示すある記述を見つけたからだ。英二氏は昭和36年日本自動車技術会(JSAE)総会に出席し、当時のSAE(米自動車技術会)のGordon会長の『米国の伝統的精神は挑戦を受けた場合は受けて立ち、断固打ち破ることである』という米国における発言に対する思いを次のように語っている。『米国が挑戦者として対等に扱う以上、我々は実力を発揮しなければならない。他人のやっていることを学んでまねをするだけではただ相手に圧倒されるだけだ。我々の創意と工夫と知恵によって、さらに我々の努力を加えることによって、良い車を作り上げるべきである。もし創意、工夫、努力、困難に立ち向かう勇気に欠けるならば我々は一敗地にまみえざるをえない』と述べている。

 豊田英二氏と本田宗一郎氏が日本の自動車産業をここまでの発展に導いた二人の巨人であり、そして二大エンジニアであったことに異論の余地はないと思う。二人が生前、自動車技術者としてお互いに意識していたかどうかは定かではないが、少なくとも私や同僚は日産自動車やホンダを自動車技術のライバルとして意識し、新技術開発を競い合ってきた。しかし、連載の初回でも述べたように、THS(Toyota Hybrid System)の強力なライバルが現れないまま10年以上の月日が流れた。そこで述べたように、ライバルが現れ、お互いに競い合ってこそ技術は進化する。

 2013年6月、ホンダの「アコードハイブリッド」は「i-MMD(intelligent Multi-Mode Drive)」と呼ぶ2モータ方式のハイブリッドシステムを採用し、中型車としてJC08モード燃費30km/L燃費を掲げてトヨタのTHS車に真っ向勝負の戦いを挑んできた。事前から私の心は期待で高鳴っており、現地・現物・現車の考えに基づきクルマの性能を確かめるため、私の地元であり馴染みの試乗コースでもある富士・箱根周辺でアコードハイブリッドを試乗してみた。今回はその試乗を踏まえ、今後ライバルとなるであろうi-MMDとTHSを比較してみたい。

 プリウスのシステム選定では、当時80種類以上のハイブリッド方式の中から「連続式パラレル・シリーズ方式(連続式PSHV)」と呼ぶTHSを選び出した。実はその有力対抗馬に、ホンダのi-MMDに極めて近い構造のクラッチ切り替え式PSHVもあった。

 トヨタがTHSを選んだのは、当時の電気駆動技術ではエンジンパワーのすべてを電気変換するシリーズ方式を基本とすると、発電機、モータともに効率、体格、コスト面がいずれも不利になると考えたからだ。遊星歯車を使えば発電機が小さくでき、またモータによる駆動力が少なくて済んで有利と見たのだ。

 その後、発電機・モータおよび駆動制御を行うパワー半導体の設計技術、生産技術の進化、さらにはTHSがたどった発電機・モータの高回転化と高電圧駆動によって、ホンダが採用した切り替え式PSHVの実用化も実現できたのではと思う。

 THS、i-MMDが採用したハイブリッドシステムの基本構成は、実はかなり以前に特許が切れた枯れた技術である。しかし、出願された時代の要素技術では実用化はできなかった。モータ、発電機、パワー半導体、エンジン、これらの制御技術が進化し、その上HEVに使える2次電池の出現により実用化が可能となったのだ。

 図1、2にアコードのi-MMDとプリウスのTHSの変速機を示す。いずれもエンジンを横置きとし、前輪を駆動して走るFF方式である。両タイヤとサスペンションタワーの間にエンジンとハイブリッドシステムを搭載するには、発電機、モータ、出力をデフに伝える伝達ギア、デフギアといった構成要素を狭いスペースに詰め込む必要がある。

 アコードは、モータ走行が主体となるため、大出力の発電機、モータが必要で、それを搭載すると他のスペースに通常の変速機構が入る余地はまったくない。カットモデルを見ると2列の歯車があり、それぞれ発電機、モータ回転を減速する減速歯車として作動している。また、2代目プリウスから採用した電池昇圧方式と同様、発電機・モータの高電圧駆動を採用している。プリウスでは2代目で500V、3代目で650Vに電圧を高めているが、アコードではさらに高い700Vとしている。これにより発電機・モータの小型化を図りクラッチ機構を載せることに成功した。さらに、この高回転化、高電圧化により発電・駆動電流値を下げ、発電・駆動効率の向上、パワー半導体の低電流容量化を図った。もちろん小型化、低電流化はコストの低減にも大きく貢献している。

 プリウスでは、図2に示すように、遊星歯車により発電機を高回転化し、さらにこの遊星歯車のリングギア部を共通にもう一つ遊星歯車を使うことでモータの高回転化を実現している。

図1◎「アコードハイブリッド」のハイブリッド変速機
図1◎「アコードハイブリッド」のハイブリッド変速機
[画像のクリックで拡大表示]
図2◎「プリウス」のハイブリッド変速機
図2◎「プリウス」のハイブリッド変速機
[画像のクリックで拡大表示]