一度決めたら、後戻りできない

 サービスを始める際のもう一つのハードルは、カードリーダーの開発です。サービスの利用店舗を広げるには、量産が不可欠。在庫を抱えるわけですから、綿密な計画と実行力が必要です。これを担当した久下氏は、メーカーで機器開発や製造の経験がありました。その知見で短期間に製造企業を探し出し、設計と並行して量産の交渉を進めたそうです。結局、最も熱心な提案をしてきた国内企業と組んでカードリーダーの製造先を確保しています。

 「久下を完全に信頼して任せていました。開発をお願いしたら、いつのまにか完成品ができていたという印象です。人に恵まれたとしか言いようがない」と、佐俣氏は振り返ります。「実際にモノを作ってみて驚いたのは、とにかく資金が必要なこと。しかも、一度決めたら後戻りできない」。

最初に届いたカードリーダーの量産品

 コイニーのカードリーダーやサービスの開発で興味深いのは、ストーリー性を重視していた点です。開発チームがまず手掛けたのは、サービスのコンセプトを定義することでした。これは徹底的に議論したと言います。つまり、店頭での利用シーンから詳細にイメージを割り出しながら、何がサービスの要になるかをコンセプトとして固めていったのです。ここからのプロセスで、4人のメンバーの中にデザイナーの松本氏が入っていた理由が見えてきます。

 例えば、ユーザーである店舗がサービスを申し込んで手元に届くまでに、どんなステップを経るか。店舗に届いた箱を手に取り、開けた瞬間の感情や目線、動作はどのようなものか。そして、実際の店舗の中でどのように使われるか。そうした利用シーンを複数のステップに分け、各ステップのイラストを書き起こし、丁寧に詳細に検討したのです。それを基に、箱やカードリーダーの適切なサイズ、機能、仕様を決めていったといいます。

 その際には、さまざまなキーワードを基にコンセプトを議論していったそう。それを基に四角や三角などさまざまな候補がある中で、最終的には円形に決めました。その間には、カードリーダーのデザイン案をコンピュータ・グラフィックスで500種類近く作成して確認しています。試作品も何度も作り、「デザイン」「手触り感」「機能や仕様」の検証を進めたようです。

 これらは、いわゆる「ユーザー体験」の検証と言えます。最近では、大手メーカーによる家電製品の開発などでも、だいぶ意識が高まり、同様の手法を取り入れることも多いようです。専門の部署を立ち上げる大手メーカーも存在するほどです。ただ、Coineyは消費者向けのサービスでありません。カードリーダーは店舗向けの業務用機器です。店舗に置かれている従来のカードリーダーは無骨で、コンセプトや利用シーンのストーリー性を意識したものには見えないのではないでしょうか。

 従来のカードリーダーの開発では、恐らく最初に個別機能の仕様定義からスタートするでしょう。コイニーが従来の常識ではなく、デザインやストーリー性にこだわった理由は二つありました。