越境し、行動する研究所

 日本の研究者には研究することが自分の役割であり、それを実施したり、ビジネスにしたりすることは自分の仕事ではないと考える人もいる。ソニーCSLは、そうした研究者を求めていない。「CSLには『越境し、行動する研究所(Act Beyond Borders)』というモットーがあります。研究成果を基に自分で行動を起こし、ボーダーを越えてくださいということです。ボーダーには、学問分野はもちろん、国境もある。さまざまなボーダーをすべて越える行動が重要です。そうした理念を守ってくれれば、あとはだいたい何をやっても問題ないと思います」と、北野氏は微笑む。

 もちろん、ボーダーを越える研究テーマは短期的な視点のものではない。5年、10年、20年先を見据えたテーマである。現在、日本の研究開発は、二つの極端な方向性に分かれてしまっている気がする。一方では、短期的視野に立った目先の改良技術の開発。他方では、ビジネスへの実用化を意識しない学問的研究である。

2010年のFIFAワールドカップ 南アフリカ大会でソニーがガーナで実施したパブリック・ビューイングの様子。ソニーCSLとソニーエナジー・デバイスの共同プロジェクトで開発した、太陽光発電とリチウムイオン蓄電池を組み合わせた電源システム試作機「GEOシステム」を用いた。石橋義人氏、田島茂氏、徳田佳一氏、吉村司氏が手掛けた。(写真:ソニーCSL)
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 バブル崩壊後の「失われた20年」の間に企業の研究所は、リスクが大きい研究に投資することができない状況に陥っている。会社から確かな成果を求められるから、間違いなく製品に使われるはずであろう既存技術の改良研究に向かってしまいがちだ。しかし、これでは世界をあっと驚かすような、革新的技術は生まれない。そのジレンマを抱えている。

 基礎研究の推進役であるはずの大学や国の研究機関は、研究内容は世界レベルだとしても、ビジネスでの活用面で見ると欧米に大きく遅れている。その研究が将来どういう製品や市場を生み出すかを意識したマーケット・ドリブン(市場中心)の研究開発が求められるが、実際のところは、科学的価値や学問的価値を追求すればいいという研究者の風潮が強いのではないか。

 短期的な事業への貢献を求められることが多い現状で、ソニーという企業の事業とソニーCSLの研究との整合性をどう考えるか。これについても、北野氏の答えは明確だ。

 「ソニーCSLの研究がソニーの事業につながるという方向性は、あまり目指していません。それをやると研究対象が狭くなってしまうので。重視する点は、社会にとって重要な問題は何かということです」

 結果、研究成果が大きな事業やプロジェクトに結び付きそうな場合、それらがソニーに関わるものであれば理想だが、そうでなければスピンアウトさせればいい。実際は、それなりに器の大きな会社だから、全くソニーには関係ないということは少ない。むしろ大きな新しい社会的な枠組みの中で、ソニーがその一部に関係してビジネスにしていけばいい。根底にあるのは、この発想という。

 「基礎研究所で扱うテーマは、企業の事業領域よりも広くなければなりません。長い間には会社の事業領域は変わりますから、それを見通せるようにしておくことが基礎研究所の仕事の一つでしょう」

 実際、ソニーCSLで10年以上にわたって研究してきたテーマが、実際に製品として花開くケースは多い。