今回の華麗なる技術者は、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)で代表取締役社長兼所長を務める北野宏明氏である。今年で設立25周年を迎えた同研究所は、脳科学者の茂木健一郎氏をはじめ、多くの著名で華麗なる研究者が所属している個性派集団で知られる。

北野 宏明氏。ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長兼所長。
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 研究対象は、設立当初から続くコンピュータ・サイエンスを軸に、脳科学やシステム生物学、地球環境、社会の持続性、健康・医療、農業、エネルギーまで幅を広げ続けている。東京の他にパリにも研究所を抱え、30人ほどの研究者が所属する。

 ソニーCSLは、ソニーという世界的大企業の研究所でありながら、目先の製品開発にとらわれない、誰もやらない革新的な研究を志向するという軸が四半世紀ぶれていない。そして、その中から着実に一定の成果を生んでいる。企業に付属する研究所としては極めてユニークな存在だ。

 日本では、ほとんどの大手メーカーが付属の研究所を持ち、自社製品の研究開発に当たっている。日本企業は古くから研究開発に力を入れてきたが、特に1970年代に入って国際的に事業に成功した多くの企業が基礎技術の研究に注力し始めた。

 1980年代までは中長期的視点に立った新しく革新的な技術を開発しようという機運が強かったように思う。当時のエレクトロニクス産業や自動車産業は、さまざまな研究分野で競争力を保持し、多くの特許を出願し、技術立国日本をリードした。その余裕もあり、大企業の基礎研究所には「目先の利害を気にせず、世界をあっと驚かせるような研究をする」という自由な雰囲気が漂っていた。

 しかし、1990年代に入ってバブル経済が崩壊すると、基礎研究所に求められることが次第に変わった。短期的な成果を求められることが増えたのである。いつ製品として成果を生むか分からない研究に企業が費用を負担することが難しくなったからだ。

 ソニーCSLのユニークさは、こうした日本の研究開発の現状で、これまで以上に異彩さが際立つようになった。だが、ソニーの業績は、お世辞にも好調とは言えない。利益を生む研究をすべきという企業の要請と、自由に将来の革新的な研究をしたいという研究者の要請のバランスをどうとるのか。

 何より社長である北野氏自身が著名な研究者である。並列計算機や音声翻訳に始まり、遺伝的アルゴリズムやシステム・バイオロジー(システム生物学)といった工学と生物学の融合分野に至るまで幅広い分野で成果を上げてきた。「2050年、人型ロボットでワールドカップ・チャンピオンに勝つ」という目標を掲げたロボットによるサッカー大会「ロボカップ」の発起人の一人でもある。

 ソニーCSLに所属する「著名で華麗なる、まさに天才的な研究者たち」を、どのようにマネジメントしているのか。むしろマネジメントしないのか。一度、北野氏に会って、その辺りを聞いてみたいと思っていた。