鍛え上げられた調査、政策立案の能力

 専門の研究者を目指す上で、これがプラスなのかどうか、正直なところ私には分からない。ただ、一つ言えることは、物理学と同時に社会科学系の広い教養を身に付けただろうということである。

 日本の研究者の多くは自然科学系の研究には強いが、社会科学系の発想を持って広く人間社会を捉えることには疎い。その結果、本当に社会で必要とするビジネスにつながる研究の方向性を見出せていないことが多い。

 現在、ソニーCSLには、農業や義足の研究者もいれば、エネルギー関連の研究をする人もいる。そうした多彩な個性派集団と会話し、アドバイスや示唆を与えるには、広く学際的な発想が求められるだろう。この辺りに北野氏の研究マネジメントの鍵がありそうな気がする。

ソニーCSLに所属する遠藤謙氏が進める発展途上国向け義足の研究。写真は、インドでの活動の様子。(写真:ソニーCSL)
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 大学の間、英語での政策論ディベートに熱中したというのも、自然科学系の研究者としては非常にユニークな経験だろう。人と話しているより、研究室に入って実験している方が楽しいという研究者は多い。特に日本はその傾向が強い。このこと自体は否定すべきではないが、英語で自分の意見を主張できる資質は、現代の研究者には極めて重要であるように思う。

 ディベートにはもちろん語学力が必要だが、それは前提条件でしかない。むしろ調査や政策立案の能力が試される。北野氏の研究者としての幅広い興味と、実行力はここで強化されたのではないかと推察する。

 研究の重要性や成果を表明し、適切な評価や理解、支援を得ることは必要不可欠だ。研究費を確保し、継続した支援を得るために、研究者は常に上司や外部に説明や提案を続けなければならない。その経験を通じて、自分の研究を軌道修正し、磨き上げていくという効果もある。特に欧米の優秀な研究者は、これに長けている。

 北野氏のディベートの経験は、研究のレビューのプロセス、そして研究マネジメントに大きく役立っているのだろう。上司や外部の理解を得るには、多くの人が理解できる説明力と説得力が不可欠だ。学際的な知識と、ディベートで培った綿密な調査と立案の経験が、その礎になっていることは想像に難くない。

 日本には、優れた技術者が多いし、優れた研究成果も多い。しかし、近年、日本の技術が世界を席巻した例は、かつてに比べると少なくなっている。いかに優れた研究や技術であっても、眠らせておいては誰も評価してくれない。国際的に成果を発表し、時には製品にして売り込む必要がある。優れた技術が多くの競合製品にも使われ、業界の標準となっていけば、ビジネスの成功が約束される。

 このプロセスは、英語でのディベートによく似ていると思うのだ。より多くの日本の技術者が、国際的に自分の研究や技術をアピールできる時代が来ることを期待する。