白物家電の大きさやデザイン、機能は各国の風土や生活に根差していて多様です。筆者の米国駐在時代には、家具や食器付きのアパートに暮らしたこともあれば、地元の大型量販店で白物家電を買いそろえたこともあります。米国の家電は日本の製品とは大きさやデザインが幾分異なり、使い慣れると日本製よりも良い部分がいくつも感じられました。魅力の一つは、キッチンに置いたときに“ゴテゴテ感”がないこと。すっきりしたデザインや操作ボタン(機能)の少なさに起因します。以前は調理家電を「美しい」と感じたことはなかったのですが、今では欧米の調理家電がある美しさを備えていると思うようになりました。

 若い年代の読者はご存じないかもしれませんが、米Apple社の約20年前の製品に「フライング・トースター」という秀逸なものがありました。パソコン・モニターの焼き付けを保護するためのスクリーン・セーバで、羽を生やしたパン焼き器(トースター)が画面上をパタパタ飛び回るというものです(図1)。当時の最新機種「Macintosh」にバンドルされていました。当時、トースターが羽を生やして飛び回るという発想も斬新なら、調理家電という古典的な電化製品とパソコンという最新機器を組み合わせた着想のユニークさに感銘を覚えた記憶があります。

図1●Apple社のスクリーン・セーバで有名になったSunbeam社のトースター
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 フライング・トースターに使われたトースターと、そのメーカーである米Sunbeam Products社は当時話題になりました。銀色の素っ気ないパン焼き器なのですが、Apple社の演出によってまたたく間に注目の製品となったのです。当時、米国出張の機会が多かった筆者は、Sunbeam社のパン焼き器を買ってきてほしいと頼まれることが少なくありませんでした。この“空飛ぶ”パン焼き器にとどまらず、Sunbean社の調理家電は全般に、1950年代のテレビ・ドラマから飛び出してきたかのように簡素で機能的。日本製家電のデザインとは大きく異なっています。

 筆者は、欧米の家電の意匠には現在でも目を見張るものがあると思います。日本でも、フランス発の「Tefal(ティファール)」など多くの商品が出回っており、「機能的で美しい」と評判です。日本メーカーの家電がボタン(機能)の多さを是としているのに対し、欧米の家電は機能を限定し、ボタンを一つでも減らすことを重視しているように映ります。

 ひるがえって、最新のスマートフォンやタブレット端末はどうか。特徴的なのは、とにかくボタン操作がほとんどないことでしょう。すっきりしたデザインこそが、スマートフォンやタブレット端末の急速な普及に貢献したとも思えるほどです。

 逆に、一昔前の携帯電話機(いわゆるフィーチャーフォン)は非常に操作ボタンの多い製品でした。テンキー以外にも「受信ボタン」「停止ボタン」など多くの機能ボタンが配置されています。端末側面には音量ボタンやカメラ・シャッタ用ボタンなどが別途用意されており、ユーザーが生涯使わないであろう機能ボタンもありました。今、筆者の手元にあるフィーチャーフォンには、23個のボタンとカーソルキーが付いています。これはまだ少ない方で、多いものでは30個前後のボタンやキーが付いています。もちろん、こうした多数のボタンや機能があるからこそ、指先だけでメールが書けたりする利便性が得られるという側面もあります。ユーザーとして、決してフィーチャーフォンの設計思想を否定するつもりはありません。

 それでも、スマートフォンのシンプルさはやはり際立っています。筆者はApple社の「iPhone」のユーザーですが、iPhoneにはボタンが全部で5つしか付いていません。電源ボタンとホーム・ボタン、音量ボタン(上げ下げで計二つ)、そしてモード・ボタン。これだけです。そしてこの五つは、初代iPhoneから最新の「iPhone 5」まで変更されていません。言い換えれば、iPhoneユーザーは初代から最新機種まで、何一つ覚えなければならないことはないわけです。同じボタン配置に同じ機能、同じタッチ・ストローク…。すべて同じ感覚で使えるのですから。そしてOSが更新されても、アプリケーションや機能立ち上げの手順は変わっていません。筆者は「iPhone 3」以来5機種、iPhoneを買い替えてきましたが、一度もマニュアルを見た記憶はありません。直観型インタフェースという言葉がありますが、iPhoneはまぎれもなく、直観だけで操作できてしまう製品といえます。

 日本の白物家電や調理家電では、分厚い操作マニュアル、いわゆる取扱い説明書が付属される場合が少なくありません。多くのボタンと機能を駆使して、“何でもできる”ことが訴求されている場合が多いのです。対して、欧米メーカーの家電では多くの場合、分厚い取扱い説明書などは付いていません。説明書が添付されていても、非常に基本的な項目しか書かれていないのです。パン焼き器にはパンを焼く機能しかない。こうした割り切り方が欧米家電の特徴といえます。パンも焼ければコメも炊ける、発酵食品も作れる、といった多機能は訴求されていないのです。