大阪市における1930年〜2013年の8月の最高気温
大阪市における1930年〜2013年の8月の最高気温
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大阪市における1930年〜2013年の8月の最低気温
大阪市における1930年〜2013年の8月の最低気温
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エアコンへの恐怖感にも二つの要因

 これで、昔と今では夏の暑さが大きく違う、という点はデータを示すことでほぼ証明できました。しかし、もう一方の「エアコンの冷房は辛い」という点も、誤解を解くのは容易ではありません。

 その理由は、大きく二つのことが絡んでいるからです。一つは、エアコンの適切な使い方が意外に知られていないという点。最近、知人の家庭をいくつか訪問する機会があったために気付いたのですが、エアコンのスイッチを白熱電球のように細かくオン/オフしている家庭が多いのです。その方が省エネや電気代の節約になると考えてのことだとか。しかし、これはむしろ逆効果。機種や部屋の状況にもよりますが、少なくとも1時間以内の間隔でのオン/オフは、トータルでの消費電力量や電気代を増やしてしまいます。

 電気代以上に問題なのは、こうした頻繁なスイッチのオン/オフがエアコンの「ユーザー体験」を大幅に下げることです。エアコンを止めた途端、部屋の気温はすぐに上がってしまいます。わずか5分止めただけで、元の室温に戻すには(温度設定が同じだと)40分ほどもかかる報告もあるようです(例えば、関西電力の実験結果)。より短時間に元の室温に戻すには、より低い温度設定で風量を強めて冷やすしかありません。すると、今度は冷やし過ぎを招いてしまいます。冷え過ぎたらスイッチをオフにするでしょう。かくして、暑過ぎと冷え過ぎを交互に繰り返すという結果になります。こうした室温の急な変化は、誰にとっても快適とは程遠い状況です。熱帯夜の夜に、こうした「エアコンとの格闘」を続けて寝不足になっている人も多いのではないでしょうか。エアコンがトラウマになってしまっても無理はありません。

 エアコンが使い難いのは、日本の住居環境も影響していそうです。エアコンを設置している多くの住宅では、部屋ごとにエアコンを入れ、人が居る部屋だけを空調しています。廊下などは暑いままです。すると、空調が効いた部屋から効いていない部屋に移るときに感じる強烈な温度差が、体への大きなダメージになってしまいます。

 一方、大きめのホテルのロビーや病院に行くと、建物内全体がほぼ同じ温度に空調されていて、非常に快適です。そうした建物内にしばらく居ると、暑いとか涼しいとかいったこと自体を忘れてしまいます。ホテルにとって、宿泊客にどう快適さを提供するか、そして病院にとって、抵抗力が落ちた患者には気温の変化が大敵だと、それぞれよく分かっているからでしょう。実際、エアコンが大嫌いだという両親も、こうした空調は快適だと感心しています。使い方次第で「エアコンの冷房は辛いもの」ではなくなるのです。

 部屋単位に冷やすのは良くないなどと書くと、家全体を空調するなんて電力の無駄使いだという批判も出てくるでしょう。これまでの日本の家屋では確かにその通りです。しかし、家屋の断熱性能(例えば、C値やQ値など)を高める努力をした上なら、家全体を冷やしたほうが結局は省エネになる、というケースもあり得ます。家屋全体の体積に対する比表面積は、部屋ごとのそれより小さいからです。断熱性能を高めれば、逃げていく冷気だけでなく、入ってくる熱気も低減できます。

家庭用エアコンの多くは設定温度を保てない

 エアコンの適切な使い方があまり普及していないもう一つの要因は、製品自体にもあります。温度設定機能が思うように動作しないエアコン製品が少なくない点です。ホテルや病院の空調のように、室温を一定に保つためのサーモスタット機能は、エアコンのまさに生命線のはず。快適な温度を保つには、少なくとも0.5℃刻みぐらいで細かく温度を設定したいところです。

 ところが、家庭用に販売されているエアコンには、温度を設定できても、実際にはその温度を保てない製品があるようです。多くは冷やし過ぎる例で、27℃に設定したのに、室温が25℃になってもまだ冷やし続ける製品もあります。室内を一定温度に保つことができなければ、利用者がスイッチを頻繁にオン/オフするしかありません。するとやはり、室温の上がり過ぎと冷やし過ぎを交互に繰り返すことになります。

 少し調べたところ、メーカーによってこの温度設定機能を重視するかどうかに「温度差」があるようです。温度センサの位置や種類の問題であれば解決策はいくらでもあるはずですが、そもそも解決すべき課題だと認識していないメーカーがあるようなのです。エアコンは頻繁にオン/オフするものという前提で、オンした際に「とにかくいかに速く冷やすか」に開発の重点が置かれ、長時間運転した際にいかに快適さを保つかがあまり考えられていない。量販店に行っても、温度を一定に保つ機能の優劣が販売時の訴求ポイントにはなっていません。とても残念なことです。

 こうした議論を両親と続けた結果、結局、実家ではエアコンを導入してくれることになりました。ただし、設置するのは私の家族が帰省時に泊まる部屋だけ。エアコンに対しての不信感が完全に解けたわけではないようです。

エアコン市場には大きなチャンス

 私が子供だった30年前は、家屋の窓を開け放して風を入れることで夏の暑さをしのぐことが普通でした。しかし、今は夏そのものが以前と違い、そうした古き良き時代には戻れなくなっています。エアコンはもはや、夏のわずかな猛暑日をしのぐためにあるぜいたく品ではなく、健康かつ快適に暮らすための必需品になっています。ところが、エアコンの利用者、そしてエアコン・メーカーも、まだその状況の変化に対応しきれておらず、それがエアコンへの強い不信感につながっている気がします。

 逆に言えば、エアコンはまだまだ進化の余地があり、(私の両親のような)「新市場」を開拓するチャンスが残されている製品であるともいえます。