筆者が働くサイレックス・テクノロジーは、無線LAN製品の開発製造販売を行っています。詳しくいえば、「組込み機器の無線LAN対応」、すなわち、パソコン以外のマイクロコンピュータ応用機器に無線機能を組み込む、というところに企業価値を主張しています。

 しかし、それは具体的にどのような作業なのでしょうか。単純に考えれば、パソコンも組込み機器もマイコン応用機器の一種に過ぎないのですから、必要な作業は同じはずです。 すなわち、チップ・メーカーから購入した無線LANのチップを基板に実装し、メーカーから提供されている(あるいはオープンソースの)ドライバーをファームウエアに組込めば、無線LAN機能なんてすぐに動くようにも思います。

 一体なぜそうならないのか、なぜ我々のような「無線組み込み屋」という稼業が成り立つのか、ここではそういった話を進めてゆきたいと思います。

チップの選定も一苦労

 まず、「無線LANのチップを実装し」という段階で、どのメーカーの何というチップを使うかという選択が必要になります。適切なチップ選定のためには、実現すべき性能要件、価格、無線規格(a/b/g/n/ac)、インタフェース(バス規格)、実装面積、消費電力、速度性能、通信距離性能などを整理する必要がありますが、高速で距離性能に優れたチップは、高価で消費電力が大きく、実装面積が小さく低消費電力のチップは速度性能に制限があるなど、これらの項目は往々にして相矛盾します。

 限られた選択肢のなかで、何をどう組み合わせれば最良の選択が得られるか、顧客のユースケースを把握し、要件を整理して優先順位を付け、適合する候補について価格・性能・納期などの試算を提示するコンサルティング的な業務が大きな比重を占めます。初期における要件把握と方針決定が重要なことは全ての開発業務に共通ですが、無線技術には特有の制約やトレードオフ条件がありますので、これを判りやすく顧客に説明し、相互が納得できる形でソリューションを決定することが特に重要となります。

基板の実装にも試行錯誤が必要に

 次に、「チップを基板に実装し」という段階では、無線製品に特有の困難が付きまといます。無線LANは、基板にパターンを作ってハンダ付けすれば常に一定の性能が実現できるものではなく、配線パターンの太さや曲げ具合、基板の材質や厚さ、周辺回路との相互干渉などによって性能特性が変化するからです。しかも、無線製品は、その電波の発信特性が一定の基準(TELEC, FCC, CE など、各国の電波監理省庁が定めた規格)を満たさなければ合法的に販売することが認められません。規格と性能が両立するようにチューニングするためには、各種測定器と、測定結果に応じて回路を微調整するノウハウが必要です。チューニングには基板を何度も作り直す必要があるため、それなりの時間とコストがかかります。

 このような事情があるため、通常は USB, SDIO, miniPCI, PCIe などの形状でチューニング・規格取得済みの「無線モジュール」として完成させ、これを製品に組込むという形態を取ります。一般的に、製品基板に無線チップを直付けするのは、開発費を余分にかけてでも単価を削ったほうがトータルメリットになる場合、すなわち、かなりの販売数量が見込める場合に限られます。