“進化する”を特徴に新しいステージに

 そして、量産効果がもたらす大きな変化は、もう一つある。携帯端末向けのソフトウエア基盤の普及だ。代表例は、米Google社の「Android」である。Recon社の製品をはじめ、最近登場しているHMDの多くがAndroidを搭載している。

 ソフトウエア基盤の広い普及が、後から追加するアプリによってHMDを進化させることを容易にした。あらかじめ内蔵したセンサ類を用いた新しい応用を、外部のソフトウエア開発者に考えてもらうようなエコ・システムを構築しやすくなった。

 Recon社は2012年6月にHMD用アプリのソフトウエア開発キットを公開した。雪質や天候、滑走コースのナビゲーションといった情報を表示するアプリの開発が進んでいる。他のHMD開発企業が志向する方向性も同じだ。Google社は2013年3月に開いたイベントで、Google Glass向けのソフトウエア開発用APIについて解説している。アプリによる進化がHMDの応用を新しいステージに引き上げたと言えるだろう。

Recon社のRecon Jetの画面上に見える情報。心拍数や走行距離、メッセージなどを確認できる。
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 視線を大きくそらすことなく、両手を使わずにWebサービスの情報を確認できる。これがHMDの大きな利点の一つになっている。まずは、スポーツや娯楽、業務用途などで新しい応用分野を切り開いていくことになるだろう。これがさらなる価格低下や技術進化を促すことになりそうだ。

 それ以前に、そもそもスマホの進化によって部品やソフトウエアは、HMDの普及とほとんど関係なく小型で安価になる。そのトレンドに追随していくHMDは、最初の段階から安価にすることが可能な製品になるだろう。

 ただ、日常生活で用いる情報端末としては、大きな課題を抱えている。小型軽量化が進み、身に付けられる機器として存在感が消えていくほどに、プライバシーに関わる問題を指摘する声が高まるからだ。

 特に問題視する声が多いのは、カメラ機能だ。ここにきて登場しているHMDには、ユーザーの目線で周囲を撮影できる機能を備えたものが多い。写真や映像をソーシャル・メディアに投稿したり、顔認識機能で個人を特定したりする機能が当たり前になれば、不快に感じる人も多いだろう。Google社も顔認識機能について、まずは導入しない方針を示している。

 機器の存在感がなくなるほどに、「見ず知らずに人に、知らぬうちに…」といったシーンが増えることが想定できる。プライバシーだけではなく、「自動車の運転中に使わないようにする」といったことの検討も本格化している。まだ一般消費者への販売が始まってもいない段階にもかかわらず、米国を中心にGoogle Glassが抱える問題を指摘する報道が過熱していることは確かだ。

 HMDが日常生活で受け入れられる機器になれるかどうか。それは、プライバシー問題をはじめとする新しい技術に社会が抱く違和感と、利便性のバランスをいかにとるかに懸かっている。これを「問題」や「リスク」と捉えるのか、それとも逆に好機と捉えるのかは、開発者の意識次第だろう。

 本当にHMDが普及に向けて動き出したのかどうかは分からない。一つ確かなのは、Google Glassをはじめとする多くの新世代HMDの登場で、導入後の社会の変化を議論する取り組みが初めて本格化したということだ。あまりに石橋を叩いて渡るやり方が過ぎれば、世界的な新しい潮流に乗り遅れることにもなりかねない。