パワー半導体を取り上げた、日経エレクトロニクス誌の2013年6月24日号の解説「SiC参入企業が続々、進むコスト削減」にて、執筆者の根津記者は冒頭で「次世代パワー半導体は、もはや特別なものではなくなった」と書きました。これはSiCやGaNを使った“次世代パワー半導体”が数多く発表され、学会や展示会の場では“現世代”になりつつあることが背景にあります。

 では、パワー半導体を使う現場ではどうでしょうか?SiCやGaNを使う機器はこれから増えるという段階なのでまだ“次世代”ですが、パワー半導体の利用者側の意識もやはり次世代から現世代へと移りつつあるのでしょうか。

 先日、あるベテラン電源技術者と久しぶりにお会いしたとき、先方から出てきた言葉が「耐圧600VのGaNデバイス、出てきたね!」。別件での打ち合わせだっただけに、想定外の言葉でした。同氏によれば、パナソニックが2013年3月にサンプル出荷を始め、シャープが同4月にやはりサンプル出荷を開始したことで、電源技術者が盛り上がってきたそうです。それ以前にも一部メーカーが実用化していましたが、複数メーカーから入手可能になり、GaNデバイスを使った電源開発は「今取り組む仕事」の一つになったとのこと。このベテラン電源技術者は、GaNデバイスなどを使ってスイッチング周波数を一桁近く上げた電源回路の開発に挑むといいます。

 パワー半導体のセミナーも盛況です。6月28日に弊誌が開催した「次世代パワー半導体のインパクト」は満員、計測器メーカーのテクトロニクスとアジレント・テクノロジーがそれぞれ開催したイベント(テクトロニクスは7月2日開催、アジレント・テクノロジーは7月9~10日開催)もパワー半導体の評価手法のセッションは数多くの聴講者が詰め掛けていました。

 テクトロニクスのイベントで私が参加した電流・電圧測定に関するセッションでは、kVオーダーの大電圧などの取り扱い方や勘所を丁寧に説明していたのが印象的でした。アジレント・テクノロジーのイベントで私が参加した次世代パワー半導体の評価手法に関するセッションでは、参加者の職務を問うたところ参加者の約4割がパワー半導体を使う立場。そして、次回はどのような測定方法を解説してほしいかを聞いたところ、ここでも4割近くがスイッチング特性評価を挙げていました。このことからも、“次世代”とされてきたSiCやGaNの利用者が増えてきたことを物語っているといえるでしょう。

 アジレント・テクノロジーのイベントにおいて、ハイソルが出展したプローバからも、SiCやGaNの使い手の動きが活発になってきたことがうかがえました。このプローバは、真空や不活性ガスの雰囲気のチャンバーにパワー半導体を格納し、そこで200℃を超える高温(最大400℃)にさらして電気特性を測る用途で使います(真空や不活性ガスにするのは、高温状態で測定中に電極が酸化しない雰囲気にして、デバイス特性を正確に評価するため)。SiCデバイスやGaNデバイスは、IGBTや従来のパワーMOSFETといったSi系デバイスよりも高い温度で動作可能なことが特徴です。SiCデバイスやGaNデバイスを使う回路を過酷な条件で使うことを考えて、実際に評価に乗り出す技術者が増えてきているのでしょう。

 一方、SiCやGaNを使うとなると、Si系パワー半導体で組んできた回路のようには設計が進まない場合も多々ありそうです。まず、パワー半導体の仕様がそもそも違います。さらに、パワー半導体と組み合わせる周辺部品や材料にも注意が必要です。そもそも、期待していた回路の実現が現時点ではかなり困難な場合もあります。

 例えば、前出のベテラン電源技術者によれば、GaNパワー半導体が得意とする高速スイッチングを実現しようとすると、パワー・インダクタの性能が追いついていかないそうです。パワー半導体はMHzレベルで動作できます。しかし、同氏が考える用途で使うであろうパワー・インダクタでは、損失が顕著なために100kHz対応がせいぜいだそうです。コイルに使う金属材料などを変更しなければ、MHz動作は夢のまた夢とのこと。

 パワー半導体の利用者にとって、SiCやGaNを堂々と“現世代”と呼べるのは、こうした周辺技術の憂いが消えたときなのかもしれません。