信念を持って研究を続けていくには、指揮官が必要

 1970年代半ば、記録媒体を面に垂直方向で磁化する方式が記録密度の向上に有効であると気付き、その後、単磁極型磁気ヘッドやコバルト・クロム合金垂直磁化膜、垂直/水平磁化膜を組み合わせた2層膜媒体という垂直磁気記録のカギを握る技術を立て続けに開発しました。このように、研究の初期段階は比較的順調だったんですが、1990年代になると一転、我々の研究成果が事業化や製品化に結び付かない、いわゆる死の谷を経験することになりました。既存の、記録媒体を水平面内に磁化する水平磁気(面内)記録と競合したからです。

 当時、国内外の大手企業が水平磁気記録の旗を振っていたため、ごく一部の企業を除いて垂直磁気記録の研究はストップし、研究者たちは左遷されたり窓際に追いやられたり…。ある研究者は国際会議の場で、「(垂直磁気記録の)原理は立派だけど、既存のHDD産業をつぶすつもりか。一体、水平磁気記録にどれほど投資したと思っているのか」と、どう喝されたそうです。

 これほどの逆風の中で信念を持って研究を続けていくには、指揮官が必要でした。そこで僕は、研究の当初から、日本学術振興会の中に産学連携の磁気記録第144委員会を設け、2カ月に1回ずつ会合を開き、仲間の研究者や科学者たちをとにかく元気付けた。おそらく、そんなことをせずに、僕が「やめよう」と言えば、みんなやめたと思う。ただし、それでは消えてしまったろうね、垂直磁気記録という技術は。

 逆に、その一言を発しなかったのは、研究の筋が非常に良かったから。何度考えてみても、ビット間相互作用の磁気的吸引力が高密度化を助けるという明白な原理に基づいた垂直磁気記録は、磁気密度の高密度化に対する最も自然で、最も正しい解答だった。しかもこの技術は、ドイツで磁気テープ式録音機(水平磁気記録)が産声を上げた1935年から数えて42年目に発明された。約40年ごとに大発明を繰り返してきたエレクトロニクスの歴史に合っていたんです。逆に言えば、事業面は別として、水平磁気記録の本質的な研究は既に終わっていたんですよ、40年という期間を経て。(談)